日本生態学会

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ウエストナイル熱媒介蚊対策に際しての殺虫剤フェンチオンの使用回避についての要望書

 私たち人類にとって、地球上に豊かな自然を保全し次の世代に残すことは、日々ますます重要な責務となっている。我が国の環境基本法においても、「環境は生態系の微妙な均整を保つことによって成り立っており、人類存続の基盤である」と、生態系保全の重要性が説かれている。また、「予防的な方策:環境問題の中には、科学的知見が十分に蓄積されていないことなどから、発生の仕組みの解明や影響の予測が必ずしも十分に行われていないが、長期的にわたる極めて深刻な影響あるいは不可逆的な影響をもたらすおそれが指摘されている問題がある。このような問題に対しては、完全な科学的証拠が欠如していることを対策を延期する理由とはせず、科学的知見の充実に努めながら、必要に応じ、予防的な方策を講じる」という予防原則が、方策として述べられている。

 さて、先に「ウエストナイルウイルス熱媒介蚊対策に関するガイドライン 2003年 厚生科学研究費補助金 新興・再興感染症研究費事業」が厚生労働省より自治体や関連諸機関に示されている。ここには、殺虫剤リストにフェンチオン製品が多数載せられているが、フェンチオンは多くの動物、特に鳥類に強い毒性があることが既に知られている。ウエストナイルウイルスの侵入を食い止めることはきわめて重要ではあるが、ウエストナイルウイルス対策にフェンチオンを広範囲に使用した場合には、強度の毒性を通して鳥類をはじめ多くの動物に多大な影響を及ぼし、生態系にとり返しのつかない影響を与えることが予想される。

 フェンチオンは有機リン系殺虫剤である。人への毒性は、有機リンに共通な中毒症状である、視覚異常や運動失調をはじめとするさまざまな神経症状として現れ、急性中毒の重症例では呼吸困難や肺水腫により死に至る。また有機リンの慢性毒性は現在世界的に改めて問題視されており、免疫低下や子供の精神異常・異常行動との関連が次々に指摘されている。フェンチオンに特徴的なこととして、毒性に種差が大きいことがあり、水棲無脊椎動物や蜂に強い毒性、鳥類に対しては特に強い毒性を示す。

 フェンチオンを環境中で殺虫剤として用いた場合,鳥類への被害は、採食や羽づくろいによる経口摂取、自身の足や皮膚からの直接吸収、フェンチオンで死ぬか弱った昆虫や小動物、鳥の二次的摂食、の3経路によって起きるとされている。流涙、泡沫状のよだれ、ふるえ、運動失調、気管の充血、呼吸困難などの急性中毒症状による死亡はもとより、産卵、繁殖への長期的影響も報告されている。有機リン系に共通な毒性の特徴である視覚の異常は、飛翔を生活上の重要な手段とする鳥にとっては致命的で、たとえ軽度の中毒でも死亡の原因となりえる。また、直接皮膚から高率に吸収されるという性質も、フェンチオンについて懸念される特徴である。空中、地表、水中、いずれの場所でも,フェンチオンは皮膚への接触により吸収される。1988年に石川県で水田農薬として空中散布された際、ツバメが大量死した事例があるが、これはそうした例の一つと考えられる。経口摂取による死亡例としては、2002年、北海道でタンチョウ2羽が死亡した例が報告されている。さらにタンチョウについては、本年3月追加検出例2件が発表されたばかりであり、これらの結果から、鳥類のフェンチオン暴露がまれではないことが強く示唆される。このほかにも、海外にはフェンチオンの鳥類への影響に関する研究や報告は多数ある。

 こうした情報から考えて、空中、開放環境、側溝や水辺などで蚊の駆除にフェンチオンを使用すれば、鳥類をはじめとする多くの動物の生命をさまざまな側面から脅かすことになると予想される。絶滅危惧種や希少種への危険性はもとより、フェンチオンのように特に鳥類に偏って強度の毒性を示す殺虫剤の使用は、結果として生態系内の生物間の不均衡を人為的につくることにつながるであろう。

 米国では現在、フェンチオンの使用・販売は全面的に中止されている。鳥類を選択的に淘汰しかねない毒性、そして実際に数多くの鳥種での中毒例が認められたことから、生態系に対して極めて危険であると判断されたものである。一方で我が国では、農薬、医薬部外品、動物用医薬品、法規制外の使用と多方面に使用されているのが現状である。

 以上のような理由から、日本生態学会は関係大臣に下記の要望を行うものである。

  1. 鳥類をふくめた生態系に多大な影響を及ぼすフェンチオンの毒性を正しく認識し、ウエストナイルウイルス熱媒介蚊対策において、フェンチオン製品の使用を厳に避ける方策を速やかに検討し、実施すること。
  2. 「ウエストナイルウイルス熱媒介蚊対策に関するガイドライン」の殺虫剤リストから、フェンチオン製品を削除すること。

以上決議する。
2005 年 3 月 29 日
日本生態学会第 52 回大会総会

提出先: 環境大臣、農林水産大臣、厚生労働大臣

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