日本生態学会

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「民主党・生物多様性基本法案(仮称)」に対する意見

 日本生態学会は、生態学の進歩と普及をはかることを目的とする約4000人の研究者の集まりで、その目的を達成するために、講演会、研究発表会や研究旅行等の企画開催、内外の生態学に関係ある諸学会や諸機関との連絡、及び会誌や図書などの刊行配布等を行っています。

 自然保護専門委員会は日本生態学会の下部組織として、我が国固有の貴重な生物群集や生物相を持つ地域及び希少種の生育・生息地に関する研究や調査などを通じて、生物多様性の保全・維持に寄与する研究活動を続けております。これまで、本委員会は関係各省庁等に対し要望書や意見書を提出するなどの要請活動を行い、日本の国土にとって望ましい「生物多様性国家戦略」の策定実現に向けて意見を述べ、環境省主催の第三次生物多様性国家戦略小委員会におけるヒアリングにも学会として参加させていただきました。

 さて、この度、貴党環境部門・生物多様性対策小委員会により提案されている「生物多様性基本法案(仮称)要綱骨子(素案)」(以下「基本法」という。)は、「生物多様性の保全及び持続可能な利用」により「自然との共生社会」を構築するための法的枠組みを示すものとしており、「生物多様性の保全及び持続可能な利用」への貴党による今回の提案に対し敬意を表するものです。この「基本法」が成立すれば、第三次生物多様性国家戦略に対して法的根拠を与えることになり、この「基本法」に基づき「生物多様性の保全及び持続可能な利用」と関連ある個別法(種の保存法、外来生物法、自然公園法、自然環境保全法、鳥獣法、自然再生法など)の改正や「戦略的アセス法」のような必要な法令の制定が促進されるのではないかと思われます。また、国だけではなく都道府県及び民間諸団体の提案する生物多様性計画が実施に向け推進されたり、生物多様性保全・維持に関する諸研究やモニタリング等が推進されることの期待感もあります。

 しかし、「基本法」には、説明不足や曖昧な箇所及び用語の使い方の混乱等が見受けられます。それぞれの該当する項目に即してそれらを指摘し、修正提案すると共に、本委員会からの提案、要望も添えさせていただきましたので、さらにご検討いただけると幸いです。

1.(前文)の内容に対する意見等

(1)本「基本法」提案の背景や趣旨を理解するためには、環境基本法との関係を説明することが非常に重要です。既存の生物多様性保全関連法令(種の保存法、外来生物法、自然公園法、自然環境保全法、鳥獣法、自然再生法など)との関連を位置づけることで、「基本法」制定の根拠が示されればより理解が深まると思います。さらに、「基本法」制定の目的や位置づけを補強する説明資料を添付する必要があると思われます。

(2)生物多様性の保全及び持続可能な利用に対する国際的視点からの記述が薄いと思われます。国境を超えて移動する生物の取り扱いも記述すべきですが、我が国の経済活動が他国の生物多様性を減少させるおそれや利益の衡平性に関しても触れるべきです。「国際的強調」と「国際協力の推進」の文言が以降にありますが、生物多様性の保全及び持続可能な利用のためには、国際的視点からの記述も検討すべきと思われます。

(3)頁1上から2行目:「森林、湖沼、湿地、里地、里山などの生態系」を「高山、湿原、森林、里山、農地、河川、湖沼、沿岸等の生態系」に置き換え、以降も同じ単語並びに統一する方が良いのではないでしょうか。このほうが高山から沿岸までの地域的な「生態系」を示す事例として一般的に分かり易いと思うからです。

(4)頁1上から2-3行目:「生態系の多様さ、生物の種及び遺伝子レベルでの多様さと密接な関係を有する生物多様性は」は、「生態系の多様性、種の多様性、遺伝子の多様性を含む生物多様性は」と書き換えるべきでしょう。「密接な関係を有する」の表現は以下の定義に照らしても適切でないと思います。

(5)頁1上から3行目:「我々人類が生存を続ける基本的な基盤であり」を、「それ自体が地球の歴史の中で誕生し内在的価値を持った存在であると同時に、我々人類が生存を続ける基本的な基盤であり」と書き換えることにより、生物多様性の存在意義として「内在的価値」を指摘することは重要です。

(6)頁1上から4行目:「それを保全、修復、復元することは」を「それを保全、再生、復元することは」に置き換えるべきでしょう。「修復」は「再生」で内容を補っています。以降も同じ用語並びにすべきと思います。

(7)頁1上から14行目,18行目,19行目の「生物多様性の保全と調和ある持続可能な利用」では、以降の記述にない「調和ある」を除き、「生物多様性の保全及び持続可能な利用」に置き換えるべきです。

2.「第一 総則」の内容に対する意見等

(1)頁1下から6行目:「1 生物多様性の保全及び持続可能な利用」では、「生物多様性の保全」と「持続可能な利用」を分けて説明することが望ましいと思います。

(2)頁1下から5行目から3行目:上記(1)の提案により、「生物の多様性の構成要素である生物を保護し、又は管理し、及び生態系を保全し、再生し、又は創出すること並びにこれらの恵沢を将来にわたり享受できるように利用することをいうこと。」は以下の「 」内のように書き換えるべきと思います。

「 1. 生物多様性の保全
 生物の多様性の構成要素である生物を保護又は管理し、及び生態系を保全又は再生することをいうこと。
 2. 持続可能な利用
 生物の多様性の構成要素である生物又は生態系の恵沢を将来にわたり享受できるように、科学的な合理性と国民の合意に基づいた適切な利用をいうこと。

(3)頁1下から1行目:定義「生物の多様性」は記述が適切ではないので、世界共通の定義に沿って「生物多様性条約の定義に基づき、すべての生物の間の変異性を指すものとし、種内の多様性、種間の多様性、および生態系の多様性を含むものとすること。」に書き換えるべきでしょう。

(4)頁2上3行目:定義「生態系」は記述が適切ではないと思います。「物理的化学的な環境とそこに生息する生物群集の相互作用から構成され、様々な機能を有する複雑な生態システムをいうこと。」に書き換えるべきです。

(5)頁2上から5行目:「三 生物多様性の保全及び持続可能な利用についての基本理念」においては、生物多様性保全・維持により生態系サービス(生態系機能に基づく利用可能資源)の恩恵が得られることや、生物多様性保全・維持の内在的価値(自然環境の劣化防止、生態系の安定的持続性への貢献、生物特性の認識深化、将来利用可能な資源の確保等)を説明することにより生物多様性の意義や重要性を明確にする思考過程の大切さを基本理念に加えるべきです。

(6)頁2上から10行目:「生物多様性の保全及び持続可能な利用は、科学的知見の充実の下に生物多様性の保全及び持続可能な利用上の支障が未然に防がれることを旨として行われなければならないこと。」は誤解を生じやすい表現であると思われますので、「生物多様性の保全及び持続可能な利用は、例え科学的知見が十分でない場合でも、予防的原則により生物多様性の保全及び持続可能な利用上の支障が未然に防がれることを旨として行われなければならないこと。」に書き換えるべきでしょう。

(7)頁2上から17行目:「生物多様性の保全及び利用」は、「持続可能な」が抜け落ちていると思われますので、「生物多様性の保全及び持続可能な利用」に書き換えてください。

(8)頁2上から17行目:4に書かれている「生物の多様性が地域の多様な自然的社会的条件に応じて確保されることの必要性にかんがみ、地域の特性に応じた取組を促進するよう行われなければならないこと。」は、地域特有の文化や生態的知見に関する衡平性の確保を理念として特定されるような記述に修正されるべきと思います。

3.「第二 生物多様性国家基本計画等」の内容に対する意見等

(1)「生物多様性国家基本計画(仮称)」と「第三次生物多様性国家戦略」との関係を説明して、法的位置づけを明確にすべきでしょう。

(2)頁3下から9行目:「都道府県は、生物多様性国家基本計画を基本とするとともに」としていますが、都道府県の地域性にかかる独自性もまた尊重すべきと思いますので、「都道府県は、生物多様性国家基本計画を尊重するとともに」に書き換えるべきでしょう。

(3)生物多様性の保全にかかる計画の策定・実施主体は国と都道府県だけでなく、市民や自治体あるいはその連合体などによる自発的な計画的取組も法定計画として位置づけられるべきであると思います。

(4)生物多様性の保全及び持続可能な利用に関する計画立案に先立ち、国と都道府県、あるいは市町村がその現状と変化する実態の把握に努めるとともに、トップレベルによる意志決定の仕組みを構築すべきです。

4.「第三 生物多様性の保全及び持続可能な利用に関する基本的施策」の内容に対する意見等

(1)規制に関する措置が中心となっていますが、生物多様性保全・維持のために必要な施策を実施、推進することを奨励する措置も提起していただきたい。

(2)頁4上から16行目:「その他の必要な措置を講ずるものとすること。」の前に、「野生生物の適正な生息数と分布を確保するために支障となる生息地の改変や破壊の防止あるいは修復、及び支障を来す有害要因の排除に関する措置、」を付け加えるべきです。

(3)頁4上から19行目と23行目:「創出」は「再生」に含まれる内容なので、「保全し、再生し、又は創出すること」は、「保全し、再生することは」に書き換えるべきでしょう。

(4)頁4上から25行目:「国は、森林、里山、農地、河川、湖沼、海洋等における多様な自然環境」を(前文)の項で指摘したのと同じ用語並べにして「国は、高山、湿原、森林、里山、農地、河川、湖沼、沿岸等における多様な自然環境」に書き換えたほうが良いでしょう。

(5)頁5上から13行目:「必要な措置を講ずるように努めるものとすること。」は国際協力が努力目標であるとしか理解されない表現なので、「必要な措置を講ずるものとすること。」に書き換えるべきです。

以上です。

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