日本生態学会

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東日本大震災被災地復興計画に対する要望

 2011年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震は、東北地方と関東地方に大きな揺れと大きな津波をもたらし、人々の命と生活に甚大な被害をもたらしました。またこの地震と巨大津波に加えて、福島第一原子力発電所の炉心溶融事故がおこったことにより、事態をより深刻なものにしています。私たちは,亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りするとともに,被災地の一日も早い復興を願ってやみません。
東日本大震災から半年が経過し、可能な限り迅速な復興計画の策定と復興事業の実施に向けて、さまざまな検討が進められています。一方で、今回の震災で発生したような最大クラスの津波(数百年~千年に1回程度)に対する新しい方針にもとづく計画の策定にあたっては、さまざまな分野の専門家による英知を結集する必要があります。私たちは、生態系・生物多様性の保全・復元と防災の相乗効果を実現するという観点から、以下の点を要望します。

  1. 生態系サービスの持続的利用が可能となるように、復興計画に生態系の自律的回復を促進する方針を盛り込むこと。
  2. 復興事業の実施に際して,外来種の蔓延を防ぐ対策をとること。
  3. 復興事業にあたっては、世界でもこの地域だけに見られる生物多様性を地域の宝として保全し、長期的な視野で対策をとること。
  4. 生態系・生物多様性の保全・復元と防災の相乗効果を考慮して、堤防の位置などをみなおすこと。
  5. 沿岸域の生態系・生物多様性のモニタリングを実施すること。

説明

(1)被災地の生態系・生物多様性は、これまで何度も津波を経験してきましたが、今回の津波が与えた影響は過去のものとは大きく異なると考えられます。現在では、海岸線の多くに護岸工事がなされ、消波ブロックなどが設置されています。このため沿岸流や漂砂の動きが以前とは異なっていると考えられます。加えて河川には多くのダムが建設され、河口沿岸域にもたらされる土砂の供給量も大きく減少しています。このような人為による環境変化の下で、もとの生態系(干潟など)への復元力が低下していると推測されます。
 復興工事によって、生態系の復元力をさらに損ねることがないように配慮し、生態系の自律的回復を促進することを基本とした復興計画が必要とされています。そのための対策として,生息場空間を確保することとその動態を許容することを検討していただきたい。
 干潟生態系がもつ機能は、水産資源の涵養(稚仔魚の生息場やノリ・アサリの生産など)、環境浄化(ベントス・鳥などによる有機物摂取、微生物による硝化・脱窒など)、景観やレジャー、防災(洪水の緩和など)など多岐にわたっていますが、こうした生態系サービスはそこに生息する多様な生物によって支えられてきました。
 今回の震災では、特に南三陸から仙台湾に至る沿岸域において、津波の被害は甚大であり、ほとんど原型をとどめぬほどに撹乱され改変された干潟もいくつか存在します。しかし、津波による撹乱は一様ではなく、地形や景観で異なっています。仙台湾沿岸域の干潟においても、津波によって堆積していた砂泥が底生生物もろともに失われ、砂浜同然になってしまったところがある一方で、砂泥底が残されており、種多様性が減少していない干潟も存在します。生物種が多く残されている場所は、今後干潟が再生・新成されていく過程で、底生動物群集のソースとしての役割を担うことが期待されます。復興事業においては、このような場所を特定して保全することによって、生態系の自律的回復を促進し、生態系サービスの持続的利用が可能となるように復旧をはかることが重要です。そのことが、地域の産業や生活にとっての利益を、より大きくするはずです。

(2)震災による自然撹乱や工事による人為撹乱によって在来種が減少すると、外来種の定着が容易になることが懸念されます。侵略的外来種が蔓延する前に侵入を察知し適切な防除策を講じる必要があります。また、水産業の復興のため、震災以前には交流のなかった地域からの水産種苗の導入が無計画に行なわれれば、撹乱された海域に多数の外来種が意図的・非意図的に移入される可能性があります。もしその中に侵略的な外来種がいれば、漁業や農業の復興の阻害要因になると考えられます。今年の生産だけでなく、水産種苗が失われたことで影響が広域及び経年に及ぶ資源もありますが、新たな水産種苗の導入は極力控え、既存の水産種苗や地場の水産資源の利用を進めるためにも、さまざまな支援と補償が必要です。

(3)被災地には、以下に述べるように、世界でもこの地域だけに見られる独特の生態系・生物多様性が発達しています。今回の地震では、特に三陸海岸から九十九里浜にかけて、大きな津波が襲来したため、海岸域の自然に大きな被害が発生しました。しかし、被災地の生態系・生物多様性は、陸域・海域ともに、天変地異と言われるような地震をこれまでにも経験しながら、その健全性・固有性・豊かさを維持してきました。復興事業にあたっては、このような生態系・生物多様性を地域の宝として保全し、持続的利用が可能となるように、長期的な視野で対策をとることが必要です。
 三陸海岸は親潮の洗う寒流域にあたり、岩礁の続くリアス式海岸と、潟の点在する砂浜海岸が混在します。三陸海岸の海食崖には、この地域の固有種であるハマギクやコハマギクが生育しています。
 砂浜海岸には河口に数多くの干潟や海草藻場が成立しています。宮城県の万石浦、蒲生干潟、井土浦、広浦、鳥の海、福島県の松川浦がその代表です。この地域の潟には、ヨシやシオクグなどの生える塩生湿地が発達していますが、その塩生湿地群落の中にヒメキンポウゲのような地域固有種が見られます。潟の中にはヤマトシジミやヌマコダキガイ、エビジャコ、ヨコヤアナジャコといった汽水生物が生息し、タカホコシラトリのような地域固有種も見られます。幼虫が汽水に生息するヒヌマイトトンボの分布中心もこの地域にあります。
 このような固有種を含む生物多様性の一部は、「陸中海岸国立公園」・「南三陸金華山国定公園」などの自然公園において、保全措置がとられてきました。今後ともこのような保全措置を維持していくことが重要です。また、東日本大震災によりこれらの公園内の公園施設が大きな損傷を受け、多くの学術的に貴重な標本などが失われたり、損なわれたりしました。復興事業においては、これらの施設等の復旧が必要です。

(4)生態系の自律的回復を促進しつつ、最大クラスの津波に対する防災計画を立案するうえで、堤防の位置を的確に配置することが重要であると考えられます。従来の海岸堤防は、人間の利用を重視して海よりに設置されてきました。このため、陸から海にかけての自然勾配の上部(潮位が高いときに冠水する高潮域)が堤防によって失われ、自然勾配の下部(低潮域や藻場など)にも悪影響が及んでいる場合が少なくありません。最大クラスの津波に対する防災計画立案にあたっては、陸から海にかけての自然勾配が持つ防災機能、堤防などの人工物による防災機能、防災訓練などソフト面での防災機能の相乗効果を追求し、これらを最適な形で組み合わせることが重要だと考えられます。現状復旧を基本とする従来の行政対策を弾力化し、海岸堤防の位置変更を含む案を検討することを要望します。

(5)上記のような問題を解決するためには、沿岸域における生物群集のモニタリングを実施し、得られた情報を地域に還元し、復興計画に生かすことが必要です。これらのモニタリングデータは、復興事業を進めるにあたって必須の情報であるばかりでなく、干潟や砂丘や海岸林などの持つ生態系サービスを持続的に享受したり、自然と親和性の高い地域を再生したりするのに役立つにちがいありません。 生態系・生物多様性のモニタリングにおいては、専門家による調査に加え、多くの市民によるモニタリングが重要です。博物館などの専門家と市民を結ぶ施設の復興を進め、各地域の多様な主体が被災地の生態系・生物多様性の再生に取り組む能力を高めるように、支援を行う必要があります。

2011年11月7日

(この要望は、内閣府特命担当大臣(防災)、国土交通大臣、環境大臣、農林水産大臣に送付しています)

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