日本生態学会

Home > 学会について > 活動・要望書一覧

特定外来生物のヒアリ類に対する緊急的および継続的な対策に関する要望書

PDFはこちら

国土交通大臣 石井 啓一 様
環境大臣   山本 公一 様

一般社団法人日本生態学会
生態系管理専門委員会 委員長 鎌田 磨人
近畿地区会  会長  三橋 弘宗

 すでに報道されている通り、特定外来生物ヒアリ (Solenopsis invicta)が、兵庫県尼崎市および神戸市において、国内で初めて発見されました。これを受けて関係機関による緊急点検が実施されたところ、大阪市南港、弥富市名古屋港、東京都大井埠頭から確認されました。この事実は、ヒアリが複数のルートで、既に広い範囲に拡散されていると判断されます。尼崎市および大阪市では女王アリも確認されているため、すでに繁殖している可能性も想定しなくてはなりません。これまでの国内外の知見では、ヒアリ類は主に港湾エリアから侵入することが知られています(Bertelsmeier et al. 2017)。外来生物対策を主管する環境省、ならびに港湾行政を主管する国土交通省に対しまして、下記のとおり緊急的かつ継続的な対策を強く要望いたします。また、関係する省庁、自治体等についてもご周知くださるようお願いします。

  1. 発見初期段階における徹底的な防除と継続的なモニタリングの実施
  2. 新たな侵入に備えた体制の構築と継続的なモニタリングの実施

緊急に対策が必要な理由

 ヒアリやアカカミアリ(以下、ヒアリ類)は攻撃性があり、人体に危険を及ぼす生物です。そのため、ヒアリ類が定着して各地に拡散し蔓延した場合、人々の生活に大きな影響を与えることになります。庭や公園等で営巣すれば、ガーデニングやレクリエーションの際に攻撃され、健康被害が引き起こされることが想定されます。ヒアリの脅威は、スズメバチやセアカゴケグモ等と異なり、個体密度が著しく高くなるため、その分布域の住民のうち、少なく見積もって約30%が刺されているとの報告があります(Stafford et al. 1989)。この高い被害率がヒアリの脅威です。農地での営巣は、農家への健康被害のみならず、農業や畜産業に甚大な被害をもたらします。さらに電気設備に入り込みやすい特徴も有しており、工場や電力設備、空港などの機器に障害を与えることが懸念されます(東ら 2008)。
 特にヒアリは、世界の侵略的外来種ワースト100にも掲載されており(Global Invasive Species Database 2017)、その経済損失は、全米で年間60億ドル(約6700億円)と莫大な額が報告されています(Lard et al. 2006)。また、在来のアリ群集への影響を介して生態系全体に著しい影響を及ぼします(東ら 2008; Darracq et al. 2017など多数)。こうした危険な外来生物が蔓延すれば、日本の安心安全のブランド力の低下、貿易や国内輸送における港湾利用の低迷が懸念されます。
 このように、ヒアリ類は、国内史上もっともリスクの高い外来生物と言っても過言ではなく、あらゆる手段を講じて防除する必要があります。様々な場所に定着すると駆除に係る労力・コストは甚大なものとなり、また、完全に駆除することは困難になります。そのため、侵入の初期段階での発見に力をつくすとともに、発見と同時に徹底的な防除を行うことが肝要です。
 以下、生態学会としてヒアリ類対策として重要だと考える2つの項目を記します。これらの意見を今後の防除対策事業に活かしていただきますようお願いします。

要望事項

1.発見初期段階における徹底的な防除と継続的なモニタリングの実施
 1−1.発見地点での初期対応

 ヒアリ類が発見された場合、もっとも重要なのは初期対応です。初期対応を怠ると、その後に膨大な費用が生じます。国内への定着は、貨物などに紛れて侵入した集団が屋外に引っ越すことから始まると考えられます。ここでの移動手段は歩行です。従って、初期動作として、外来アリに汚染された貨物内および貨物が置かれていたすべての地点で、半径100m程度の範囲でベイト剤によるアリ駆除が必須です。

 1−2.発見地点、発見地点周辺での継続的モニタリング
 ヒアリのコロニー形成および分散には半年から数年間を要すると言われていることから(東ら 2008)、駆除活動後、複数年にわたってモニタリングを実施する必要があります。また、周辺でも誘引剤等を用いて徹底したモニタリングを行い、ヒアリ類が発見された場合には、ベイト剤を用いた防除措置を講じることが必須となります。兵庫県尼崎市の事例では、コンテナ内からコロニーと女王が発見されており、コンテナ床下部で営巣していた可能性があります。このような場合、目視や洗浄だけでは見逃す恐れがあるため、ベイト剤の内部設置や床下点検が必要となります。

 1−3.輸送経路および二次的な輸送先での継続的モニタリング
 輸送経路や二次的な輸送先でもモニタリングを行い、発見された場合には徹底的な駆除を行ったうえで、数年間にわたってモニタリングを実施する必要があります。野外に脱出したコロニーから新たな翅アリが分散すると、一気に分布域が拡大します。
 発見時にコロニーがすでに翅アリを保有していた場合には、広範囲なモニタリングが必要になります。一般的にヒアリの有翅虫は約2km移動すると想定されていますが(State of Queensland 2016)、女王の形態には多型があり、分散可能距離も0.5~3.4kmと幅があるといわれています(Helms & Godfrey 2016)。代謝コストからの推定では無風条件で約5 km以内が限界と考えられていますが(Vogt et al. 2000)、最大の拡散速度で48 km/年との報告もあります(Hung & Vinson 1978)。トラックや鉄道等による移動、風などによる長距離移動も想定しなければなりません。

 1−4.研究機関、行政機関の相互連携、情報共有、役割分担の明確化
 これまでの実践成果や学術的知見を活用しつつ、関係する行政機関および研究機関での連携をはかり、可能な限り見逃しを避けられる体制を確立することが必要です。防除の技術をもつ民間企業や非意図的な侵入に関与した企業との情報共有も将来的なリスクを軽減することに繋がります。

  • 発見地点および発見地点周辺では初期段階で最大限の労力を投入し、徹底した防除と継続的なモニタリングを実施すること
  • 拡散の可能性も考慮して、貨物の輸送経路および輸送先においても継続的な点検を実施すること
  • 研究機関や各行政機関の間で連携し、情報共有を行い、役割分担を明確にすること

2.新たな侵入に備えた体制の構築と継続的なモニタリング
 2−1. 新たな侵入に備えた体制の構築

 莫大な量の国際貿易が行われている現代日本において、全ての貨物やコンテナを調査することは現実的ではなく、体長数ミリのヒアリ類がコンテナ等からの逸脱を防止することは実質的に不可能です。そのため、ヒアリ類の国内侵入を完全に防ぐことは困難で、これからも侵入が繰り返されることは間違いありません(Bertelsmeier et al. 2017)。非意図的な侵入が今後も継続的に起こることを前提とし、各々の場所で侵入を早期に発見し、拡散を防止するための対策を効果的に実践できる仕組みが必要です。
 今後、新たな侵入が確認された時の初動対応、ならびに中長期的なモニタリングや防除対策について、最新の科学的な知見をもとに検討するための専門家会議を開催してください。そして、ヒアリ類の非意図的な運搬を低減・防止するためのコンテナ貨物の輸送方法や防除方法を事業者に周知するとともに、侵入リスクが高い地域でモニタリングを継続的に行う体制を構築してください。
 ヒアリ類は、昆虫学の専門的な知識を有していなければ識別が困難です。神戸市の事例では、アリ類の分類に精通した優れた研究者が近隣の博物館にいたため、迅速に鑑定・同定することができました。しかし、常に専門家が対応できるとは限りません。侵入リスクが高いと考えられる地域では、鑑定可能な人材を育成するとともに、DNA鑑定の導入も含め、一緒に対応してくれる組織・機関を確保しておくことが重要です。問題が発生した際に迅速に対応できるよう、常日頃から研究者や機関とのネットワークの強化に努め、緊急時の受け入れ体制を構築してください。

 2−2. ヒアリ類の侵入が疑われる場所でのモニタリングの継続実施
 これまで、ヒアリ類が発見されていない地域であっても、国際貿易港や輸送・流通拠点等、ヒアリ類の侵入リスクが高い場所では、「1−2. 発見地点、発見地点周辺での継続的モニタリング」で示した方針で、継続的にモニタリングを実施することが必要です。
 国際輸送量からみて侵入リスクが低いと考えられる地域では、生物毒性および残留性が高いベイト剤を、十分な調査をしないうちに投与することは推奨できません。最近の研究では、在来アリの存在によってヒアリの初期コロニーの定着や生存率を著しく低下させることが報告されています(Tschinkel & King 2017)。問題の根源である国外からの持ち込み対策が不十分なまま、ベイト剤を広域的に使用すれば、在来種のアリや捕食者となる節足動物を駆逐することになり、ヒアリ類や各種害虫の大量発生を引き起こす恐れもあります。薬剤の使用にあたっては、毒性と使用量を考慮し、充分なリスク評価のもとで冷静に対処すべきであり、専門家との十分な協議のうえで対策を講じてください。ヒアリ類がこれまで発見されていない地域では、まずは誘引剤を添付したトラップを用いてモニタリングし(誘引剤を使うと1日以内の設置でよい)、もし発見された場合にのみベイト剤を用いて防除することを推奨します。

  • 国際貿易港や流通拠点など、ヒアリ類の侵入リスクが高いと考えられる場所では、継続的な点検を実施すること
  • 科学的な知見を活かすための専門家会議を開催すること
  • 行政、専門家、関係事業者が協働で対策を講じてゆくための体制づくりを行うこと
  • ヒアリ類が発見されていない場所でのベイト剤の利用は慎重を期すこと

学会の対応

 ヒアリ類は、その毒性の高さと死亡リスクを伴うことから、その危険性を中心に報道され、メディアを通じて広く社会に理解が深まりました。こうした健康へのリスクのみならず、適切な医療措置の重要性、健康被害だけでなく経済面への甚大な影響、そして緊急的および継続的な対策の必要性についても、周知・啓発してゆく必要があります。例えば、すでに国内で定着・分布拡大している特定外来生物アルゼンチンアリについて地域個体群根絶成功という実績もあります。生態学会では、国内外で開発された防除技法やトラップ設置法、分析技術、最新の防除方法など、有効性を検証した上で、それらの知見や人材を提供していきたいと考えています。

以上

引用文献

  • Bertelsmeier C et al. (2017) Recent human history governs global ant invasion dynamics. Nature Ecology & Evolution 1(7): 0184.
  • Darracq AK, Smith LL, David HO, Conner LM & McCleery RA (2017) Invasive ants influence native lizard populations. Ecosphere 8(1): e01657. 10.1002/ecs2.1657.
  • Global Invasive Species Database (2017) Species profile: Solenopsis invicta. http://www.iucngisd.org/gisd/species.php?sc=77.
  • Helms JA & Godfrey A (2016) Dispersal Polymorphisms in Invasive Fire Ants. PLoS ONE, 11(4), e0153955. http://doi.org/10.1371/journal.pone.0153955
  • 東正剛, 緒方一夫, ポーター SD(2008) ヒアリの生物学-行動生態と分子基盤, 海游舎.
  • Hung ACF & Vinson SB (1978) Factors affecting the distribution of fire ants in Texas (Myrmicinae: Formicidae). Southwest Nat. 23: 205–213.
  • Lard CF et al. (2006) An Economic Impact of Imported Fire Ants in the United States of America (Texas A&M University, College Station, TX).
  • Stafford CT, Hoffman DR & Rhoades RB (1989) Allergy to imported fire ants. Southern Medical Journal. 82(12): 1520–1527.
  • State of Queensland (Department of Agriculture and Fisheries) (2016) https://www.daf.qld.gov.au/plants/weeds-pest-animals-ants/invasive-ants/fire-ants/general-information-about-fire-ants/frequently-asked-questions.
  • Tschinkel WR & King JR (2017), Ant community and habitat limit colony establishment by the fire ant, Solenopsis invicta. Functional Ecology, 31(4): 955–964.
  • Vogt JT, Appel AG & West MS (2000) Flight energetics and dispersal capability of the fire ant, Solenopsis invicta Buren. J Insect Physiol. 46(5): 697–707.

この件に関する問い合わせ先
日本生態学会近畿地区会 会長 三橋弘宗
(兵庫県立人と自然の博物館 主任研究員)
 E-mail hiromune@hitohaku.jp
 Tel. 079-559-2001

■ ヒアリに関して参考となるページ

JIUSSI(国際社会性昆虫学会日本地区会) ヒアリに関するFAQ.
https://sites.google.com/site/iussijapan/fireant
*関連する分類、生態や文献、被害に関する具体的な事例が紹介されています。

沖縄県環境部  外来種対策事業(ヒアリ等対策)について
http://www.pref.okinawa.jp/site/kankyo/shizen/hogo/gairaisyu_hiari.html
*誘引剤入りのトラップを用いた対策について詳細な情報が掲載されています。

兵庫県立人と自然の博物館  兵庫県尼崎市および神戸市で見つかったヒアリについて(解説)
http://www.hitohaku.jp/exhibition/planning/solenopsis2.html
*ヒアリの見分け方や各種生態や駆除対策について掲載されています。

クイーンズランド州政府  ヒアリ対策に関するページ
https://www.daf.qld.gov.au/plants/weeds-pest-animals-ants/invasive-ants/fire-ants

Texas A&M AgriLife Extension Texas Imported Fire Ant Research and Management Project
http://fireant.tamu.edu/

トップへ