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第15回(2009年) 生態学琵琶湖賞授賞講演要旨

中村太士(北海道大学大学院農学研究院)

 北海道歴舟川において、洪水撹乱の頻度によって区分される立地環境と主要8樹種の優占度、そして生活史ステージ(稚樹と母樹)ごとの分布パターンを解析した。その結果、主要樹種は撹乱頻度によって区分される地形面に特徴的に分布するが、一方で4樹種の稚樹と母樹は異なる地形面に成立しているのが明らかになった。扇状地によく見られる網状流路の特徴は、流路が側方方向に頻繁に変動することであり、これによって形成されるシフティングモザイクそのものが、河畔林樹種が各生育段階で必要な生息場環境をセットとして提供していた。さらに、ハルニレやヤチダモにくらべてヤナギ科植物が成熟する年数は短く、生存期間も短い。こうした特性は、網状流路における撹乱頻度と同調的であり、ヤナギ科植物が網状区間で優占できる理由であると考えた。

 川の変動に応答して氾濫原に成立した水辺林の生態学的機能を、日射遮断、落葉リター供給、倒木供給、水質形成の視点から研究し、熱収支、有機物収支、水文・地形解析、水質分析などの手法を用いて解析した。水辺林の枝や葉(樹冠)が渓流の水面を覆うと、太陽の光が遮断され、渓流の表面は暗く、木漏れ日が差し込む程度になる。これによって、山地上流域の渓流水温は低温に保たれ、冷水を好むヤマメなどのサケ科魚類が生育できる。さらに、水辺林からは落葉が供給され、底生動物の餌になり、流された昆虫は魚の餌になる。また、朽ちて渓流内に倒れ込んだ倒木、さらに移動した流木も魚類や底生動物の生息環境の形成に重要な役割を果たしており、倒流木の量が増えると、流れの遅い淵や身を隠すための影部が多くつくられ、魚類や底生動物の個体数、種数が増える。また、ほとんどの物質が重力に支配されて森から川へ、そして海へ運ばれるのに対して、サケ科魚類は、海で得た栄養分を川へ運ぶ。こうして、森から海までの物質は川とそこにいる生きものを通して循環している。

 さらに、流域の視点から河川・氾濫原生態系の変貌を捉えるため、流域末端に位置する日本最大の湿原、釧路湿原において研究を実施した。その結果、流域からの汚濁負荷の氾濫が湿原植生を変化させていることが、湿地の立地環境に関する現地調査ならびに衛星画像解析から明らかになった。ミクセル分解により湿原内に氾濫している濁水の濃度を推定した結果、年代を経るにしたがって高い濃度の濁水が広範囲に拡がっていた。さらに植生指数ならびに現地調査結果から、微細砂の堆積に伴い樹林化が進行していることが明らかになった。総合すると、釧路湿原は、上流域からの汚濁負荷の生産、湿原流入部における氾濫の影響を受け、急激に樹林化していると判断された。

 以上の内容から、河川・氾濫原生態系のつながりとその再生として注目しなければならないことは、上流と下流のつながり、森林と河川ならびに河川水と地中水に代表される垂直的つながり、河川と氾濫原の横断的つながり、そして河川水系網による源流域のつながりである。また、こうしたつながりによってもたらされる生活史ステージに応じたモザイク状の生息環境、そしてその構造と機能を動的に維持する洪水撹乱の役割が重要である。

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