第16回(2011年) 生態学琵琶湖賞受賞者
岩田 久人(愛媛大学 沿岸環境科学研究センター)
沖 大幹(東京大学 生産技術研究所)
推薦理由
岩田久人氏は水生生物を中心とした野生生物に及ぼす人為起源有害物質の影響について研究を重ね、これまで115編に及ぶ学術論文(査読あり)を執筆している。特に、難分解性有機汚染物が北極生態系に集積していることを示した研究論文は、被引用数が450回を超えるなど、世界的に高く評価されている。近年では、例えばバイカルアザラシや琵琶湖の鳥類を対象に、ダイオキシンや有機フッ素化合物などの影響を、単に毒性物質の蓄積ではなく、代謝酵素系やシグナル伝達系に関わる遺伝子発現への関与といった分子生物学的手法により解析している。これら一連の研究は、申請者が世界に先駆けて行った分子生物学的手法を導入したバイオアッセイの有効性を示すものであり、国際的に大きなインパクトを与えている。このように、岩田氏は水生生物や水圏生態系に及ぼす人為起源有害物質の影響に関する研究を通じ、環境毒性分子生物学とでも言うべき環境科学や生態科学の新しい分野を切り開いた研究者であることから、生態学琵琶湖賞にふさわしいと判断され、第16回生態学琵琶湖賞に推薦することとした。
沖 大幹氏は、水収支における大気陸面相互作用や水文植生モデルを利用した水循環変動の将来予測、人間活動を含めた水循環過程など、水循環について一貫した研究を行い、これまで100編以上の論文(査読あり)をScience誌など内外の学術雑誌に執筆している。特に、沖氏の代表的論文である全球レベルでの水収支と将来予測に関する研究はIPCCの第4次報告書にも利用されるなど世界的に高く評価されている。また、水収支の将来予測では、季節性の問題を指摘するなどオリジナリティーの上でも秀でており、バーチャルウオターの概念により自然資源である水と人間活動とを明確にリンクさせるなど、社会的にもインパクトを与えた。こように、沖氏は自然科学にとどまらず、社会的にも影響力のある研究を行って来た。沖氏の研究は、狭義の生態学には入らないが、地球科学や環境科学とも関連する生態科学に示唆に富む情報を提供するものである。研究においても、また社会的な影響力の面でも沖氏の業績は高く評価できることから、生態学琵琶湖賞にふさわしいと判断され、第16回生態学琵琶湖賞に推薦することとした。
選考の経緯
第16回生態学琵琶湖賞には、9名の応募があり(日本人8名、外国人1名)、選考は運営委員長より任命された6名の選考委員会委員により行われた。選考作業は平成23年2月24日より開始した。まず、応募者の応募書類を選考委員が精査し、研究業績、主要な知見、学術的・社会的貢献と今後への期待という観点から、相対評価を行った。この選考により、上位3名を一次選考通過候補者とし、候補者が提出した主要論文5編を精読して二次選考を行うことした。この二次選考では研究成果とそのインパクトに重点をおき各審査員10点満点で審査を行った。その結果、上位2名の得点差は殆どなく、また業績、研究成果、社会的インパクトなど、いずれの点でも甲乙つけがたいことから、審査員全員一致で上位2名である岩田氏と沖氏(あいうえお順)を最終候補者として運営委員会に推薦することとした。
選考にあたっての選考委員長の付記
今回応募していただいた9名の研究者は、業績や研究内容、社会的貢献のいずれにおいても遜色なく、特に日本人研究者は水圏の生態学や環境科学を担う逸材ばかりであった。このため、審査はきわめてハイレベルで、一次審査は非常に難しいものであった。今回、最終候補とならなかった応募者には、次回には有力な候補になり得る方が多くいたことを付記したい。
選考委員会メンバー:占部城太郎(委員長)吉岡崇人、田辺信介、國井秀伸、中村太士、杉本敦子