第20回(2019年) 生態学琵琶湖賞受賞者
陀安 一郎(総合地球環境学研究所 研究基盤国際センター・教授)
安原 盛明(The University of Hong Kong, AssociateProfessor)
推薦理由
陀安一郎氏 は、我が国を代表する安定同位体生態学の研究者である。陀安氏は、原著論文97編を発表し、これらの論文の総被引用回数は1500回以上であり、主要な論文の発表学術誌は、Ecological Entomology、Functional Ecology、Ecology、Ecology Letters、Methods in Ecology and Evolution、Limnologyなどである。陀安氏は、大学院生時代に、当時はまだ生態学研究にはあまり利用されていなかった炭素・窒素安定同位体比の分析を手法として、アフリカ・オーストラリア・タイのシロアリを中心とする熱帯土壌分解系の研究を行なった。それ以来、1950年代に行なわれた大気核実験由来の放射性炭素14(14C)を用いた生態学的研究手法の開発、各種軽元素同位体比を用いた食物網構造と物質循環系の統合的研究、硝酸の窒素・酸素同位体比解析、生物群集解析、同位体情報を基にした環境診断手法の開発を行なうなど、いくつもの大型プロジェクトに関わりながら陸域・水域にまたがる研究を展開し、陸域から河川、海洋生態系までつながる「集水域の同位体生態学」に関して、日本の中心的研究者として活躍している。また同氏は、国立大学共同利用・共同研究拠点、学会の専務理事など執行部を務め、同位体生態学の普及と発展に多大なる貢献をするとともに、住民参加型調査による環境問題解決に至る研究や環境同位体一斉調査を介した環境保全活動も行ってきた。
このように、陀安氏の業績は学術的貢献と社会貢献の両面で高く評価できることから、生態学琵琶湖賞にふさわしいと判断され、第20回生態学琵琶湖賞に推薦することとした。
安原盛明氏 は、主に化石記録を用いて海洋生態系の長期変動や生物多様性の時空間パターンとその駆動要因に関する研究を行ってきた。彼は、70編を超える発表論文の筆頭・責任著者であり、これらの論文の総被引用回数は1600回以上である。主要な論文の発表学術誌は、Proceedings of National Academy of Science、 Ecology Letters、 Biological Reviews、 Global Ecology and Biogeographyなどである。同氏は、生物学(マクロ生態学)と地質学(古生態学)の境界領域で化石記録の長期性を利用し、生態系・生物多様性形成過程の本質に迫るユニークで実証的な研究を精力的に推進している。主要な研究成果としては、10年〜100年スケールの急激な気候変動の深海生態系・生物多様性への影響を明らかにしたこと、人間活動に伴う生態系劣化過程の汎世界的傾向を最近の化石記録を用いて明らかにしたこと、Coral Triangle生物多様性ホットスポットを含む西太平洋域の新生代における生物多様性の緯度勾配ダイナミクスを明らかにしたことなど、多岐にわたっている。同氏の研究成果は広く世界に認知され、国際学会での招待講演、セミナーやワークショップにおける講演などを多数行っている。
以上の点から、今後、安原氏にはアジア地域の高い生物多様性を活かしたマクロ生態学・古生態学で世界を牽引することが大いに期待され、生態学琵琶湖賞の受賞者にふさわしいと判断され、第20回生態学琵琶湖賞に推薦することとした。
選考の経緯
第20回生態学琵琶湖賞には、6名の応募があり(日本人5名、国外1名)、選考は運営委員長より任命された7名の選考委員により行われた(別紙)。選考作業は平成30年12月12日より電子メールを用いて開始した。まず、応募者の応募書類を選考委員が精査し、今回応募のあった候補者の専門分野は、全て生態学の範疇で扱えるものと判断した。次に、被引用回数などの通常の研究業績の評価に加えて、研究成果の新規性と業績、学術的・社会的貢献、今後の発展性という観点から評価を行った。この選考により、応募者の1名は他の候補者と比べると研究業績がやや見劣りするため、今回の6名の候補者から外すことについて電子メールによる議論を行った。その後、選考委員7名中6名による選考会議を、平成31年2月24日、午後1時より、京都大学吉田泉殿において行った。当該会議ではまず、先述の1名について6名の候補者から外すことについて議論を行い、出席委員全員の合意が得られた(これを、一次選考とする)。
その後、残る5名について二次選考を開始した。最初に、海外から応募の候補者1名について、当該候補者は海外の研究機関に所属する日本人であるが、生態学琵琶湖賞では過去にアジアの大学に所属する英国人研究者をアジアの受賞者として決定したことから、当該候補者は海外からの応募者として扱うことに合意した。その後、各候補者の特に優れている研究成果について考慮するとともに、研究成果の社会的影響や貢献面を加え、総合的に評価した。その結果、当日出席の選考委員全員一致で陀安氏と安原氏を受賞候補者とした。
次に、上記の選考結果と選考過程について、当日出席できなかった委員に電子メールを使って報告すると共に、当該委員の意見をうかがった。当該委員は、「受賞候補者に3名以上が残り、それぞれ甲乙つけがたしという場合、『特定の国籍に偏らないように努力する』の意味が、日本人以外の候補者を選択することなのかどうかについてはより慎重に議論すべき」としながらも、受賞候補者を陀安氏と安原氏とすることに合意した。
以上により、本選考委員会はこれら2名を受賞候補者として運営委員会に具申することとした。
選考にあたっての付記
今回、一次選考で落選となった候補者は、他の候補者と比べると研究業績がやや見劣りがした。しかしその一方で、当該候補者の年齢を考えると極めて優秀であると判断でき、今後の成長を期待したい。二次選考に残った5名の応募者うち、1名については他の候補者と比べて研究業績、研究成果の社会的影響や貢献面で特に優れていたため、受賞候補者に決定した。残る4名のうち3名については、それぞれ優れた研究者であり、甲乙つけがたかった。これら3名のうち1名については、研究業績、研究成果の社会的影響や貢献面がやや劣ると見られ、当該候補者を外し、残る2名に絞られた。これら2名から1名を選ぶ際、本賞は国際賞であること、今後は海外からより多くの応募者を得ることが重要であることから、今回の受賞候補者の特定に至った。なお、先述の通り、選考委員から「受賞候補者に3名以上が残り、それぞれ甲乙つけがたしという場合、『特定の国籍に偏らないように努力する』の意味が、日本人以外の候補者を選択することなのかどうかについてはより慎重に議論すべき」との意見が出され、今後の検討課題とした。また、最終選考に残ったが選に漏れた2名の候補者は、いずれも極めて優れた研究者であり、次回以降の応募を是非勧めたいとの意見も出された。
選考委員会メンバー:中野伸一(委員長)、今井章雄、大手信人、津田敦、徳地直子、中井克樹、中村太士