日本生態学会

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第28回(2024年) 日本生態学会宮地賞受賞者

David W. Armitage(沖縄科学技術大学院大学)
安藤 温子(国立環境研究所生物多様性領域)
鈴木 健大(理化学研究所バイオリソース研究センター)


選考理由

自薦10名の応募がありました。研究の新規性、主導性、波及効果などを踏まえ、一連の研究成果のもつ生態学への貢献度に焦点を絞り、審査を進めました。これに加えて、発表論文数や被引用数、日本生態学会における活動歴も参考にしました。結果として、David W. Armitage氏、安藤温子氏、鈴木健大氏の3名の応募者(五十音順)を、候補者として選出しました。

David W. Armitage 氏
Armitage氏は、時空間に依存した群集の変遷や多種共存に関する研究において、新規性の高い重要な成果を挙げている。生態学のBig Questions 「生態系はどのように形作られるのか」「生き物の分布はどのように決まるのか」「なぜ生活史が類似する2種が共存できるのか」などに対し明瞭な成果を挙げてきた。特筆すべきは、古くから議論はあるものの、検証されてこなかった複数の問について、それぞれの検証に最適な材料を用い、室内実験や野外実験、数理モデル、安定同位体分析、機械学習など多様な手法を用いて検証し、明瞭な結果を持って示しているところにある。たとえば、世界的に広域分布する浮草2種を用いた一連の研究では、気候耐性の種間差と、競争が組み合わさることで、地球規模での実際の分布が決まることを、室内実験や理論から得られた予測と、実際の気球規模での分布パターンの、みごとな一致をもって示している。また、食虫植物の中の昆虫群集や微生物群集を用いた一連の研究では、長期間の野外操作実験を行い、食虫植物の中の微生物群集の変動には決まったパターンがありつつも、時間とともに変遷すること、微生物叢の多様性が低いほど、寄主植物へ還元する栄養が少ないことなどを示している。他にも、細菌の適応放散に着目し、地球規模で見られる生物多様性の勾配を説明する、時間-面積-生産性の仮説を初めて実験的に検証した研究や、コウモリの反響定位に関する研究など、多岐にわたる研究を展開している。これらの成果は個体群、群集から生態系までに示唆を与えるものであり、生態学に大きな貢献をしている。Armitage氏は日本生態学会でも口頭発表やシンポジウムを行い、英語賞の審査も努めている。以上のことから、Armitage氏は今後の学会への貢献や生態学での活躍が大いに期待できる優秀な研究者であり、宮地賞を受賞するに相応しいと評価された。

安藤 温子 氏
安藤温子氏は⿃類を中⼼とした島嶼⽣物の適応進化や保全について、精力的な野外調査と分子生物学的手法に基づく研究を行い、地道な野外調査データの膨大な蓄積に基づいて多くの成果を上げてきた。従来は移動分散性が低いと考えられてきた島嶼棲鳥類の恒常的な島間移動の実態に注目し、移動分散能力の進化や島間移動をめぐる生物間相互作用など、生態学の複数の階層に亘る問題について新たな知見をもたらしてきた。近年に限っても、島嶼性のカラスバト亜種において移動能力の高い羽形質が遺伝的に維持され遠距離の島間での遺伝子交流が担保されていることや、頻繁に島間移動を行うカラスバトが同種の移動季節と同調的に結実する樹木種子の散布に貢献している可能性など、注目すべき成果を発表している。また氏は、一連の研究で用いた糞のDNAメタバーコーディングによる食性解析技術について、野外環境由来のDNAの混⼊程度を定量評価したり、先行研究の動向や方法論についてのレビューを著すなど、技術の発展と普及にも寄与している。さらに、鳥以外の脊椎動物の食性分析を必要とする共同研究を行い、他の研究者へも波及的な発展をもたらしている。現在までの研究成果は、主著15報を含む23報の査読付き論文にまとめられている。また氏は、一般向けの雑誌記事や著作の執筆、生態学会大会での発表審査員などの活動により、成果の社会還元や後進の育成にも携わってこられた。当審査委員会は以上の活躍を総合的に評価し、安藤温子氏を日本生態学会宮地賞の受賞者として相当しいと判断した。なお安藤氏は2017年に本学会より鈴木賞を授与されているが、前回受賞時から更に研究内容が深化した上で新たな研究展開も見られ、それらの成果が前回の受賞時以降に有力国際紙の論文として多数発表されている状況を踏まえ、重ねての授賞に値すると評価された。

鈴木 健大 氏

鈴木健大氏は、生物群集の大規模データから種間相互作用や安定性を推定するための解析手法の開発に顕著な成果をあげてきた。鈴木氏のデータ解析手法は、深層学習やエネルギー地形解析といった他の分野で発展してきた先進的な手法を積極的に生態学に応用するものである。しかも、そのアプローチは、既存手法の単なる応用を超えて、種間相互作用ネットワークの因果関係や群集構造の多重安定性といった、現代の生態学の中心的な課題を解決するための独創的な工夫に満ちている。鈴木氏が考案したEcohNetは、再帰型ニューラルネットによる時系列予測を応用して相互作用ネットワークの因果関係を推定する手法であり、既存の因果推論の手法より優れたパフォーマンスを示す。このEcohNetを霞ヶ浦の長期データに適用しアオコの発生機構の解明につながる成果を得た。また、タンパク質の立体構造や脳信号の時系列解析の分野等で発展してきたエネルギー地形解析を応用し、生物群集構造の多重安定性を評価する手法を考案した。これは、複数の群集についての構成種の在不在データを利用することで、どのような群集組成が安定的かあるいは過渡的かを見出す手法である。鈴木氏はエネルギー地形解析をマウスの腸内細菌叢データに適用し、加齢に伴い遷移する代替安定な二つの群集組成を見出した。これらの研究成果に加えて、鈴木氏は生態学会大会のシンポジウム等において群集データ解析手法を解説する講演を多く行っており、学会における学術の進歩と普及への貢献も大きい。以上のように、鈴木氏は、生態学の理論的発展を進める先進的なデータ解析手法の開発に優れた成果をあげており、将来の生態学ビックデータ解析をけん引するポテンシャルを持つと期待されることから、宮地賞を受賞するに相応しいと評価された。

選考委員会メンバー:石川麻乃、大橋瑞江、門脇浩明、鈴木俊貴(委員長)、鈴木牧、瀧本岳、辻かおる、深野祐也、森章

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