日本生態学会

Home > 学会について > 学会各賞奨励(鈴木)賞歴代受賞者

第8回(2020年) 日本生態学会奨励賞(鈴木賞)受賞者

梁 政寛(ベルリン自由大学生物学専攻/ベルリン・ブランデンブルグ生物多様性先端研究所)
久野 真純(カナダ・レイクヘッド大学自然資源管理学部)
入谷 亮介(理化学研究所・数理創造プログラム)
菅澤 承子(セントアンドリュース大学 生物多様性センター)


日本生態学会奨励賞(鈴木賞)には、海外の研究機関を拠点に活動する大学院生を含む若手研究者および国内のさまざまな研究分野の若手研究者等の多様な方々から、計9名の応募があった。受賞に値する優秀な応募者が多く選考は容易ではなかったが、これまでの研究業績と今後の研究発展への期待を総合的に評価し、特に優れていると評価された梁政寛氏、久野真純氏、入谷亮介氏、菅澤承子氏の4氏を選出した。

今回惜しくも受賞に至らなかった若手研究者も、今後研究をさらに深化させ、再チャレンジしてほしいとの委員全員からの期待についても強調したい。

選考理由

梁 政寛 氏
個体群や群集の構造・動態を理解・予測することは、生態学の主要課題の一つである。梁氏は、水文学をベースとして、河川生態系の流量変動パターンとその人為改変が水生生物(特に底生動物群集)の多様性パターンに及ぼす影響を解明してきた。特筆するべき研究成果としては、種多様性パターンの規定要因として、環境変数の長期間の平均値だけでなく、数年スケールで生じる環境変動が重要な役割を果たすことを解明している。また、その研究過程において、機械学習のアルゴリズムを取り入れ、異なるタイムスケールで複雑に交互作用する複数要因の相対的な重要性を統計的に評価するアプローチを提案している。さらに、それらの個別研究を一般性の高い枠組みへと昇華させるべく、様々な生態学理論が扱う「時間変動性」に共通する階層的な複雑さを体系的にまとめて国際誌に論文発表をしている。以上のように、梁氏は、工学の知識を土台としながら、生態学の基盤理論にも精通しており、まさに分野を融合する研究アプローチで独自の研究を展開していると評価できる。それらの成果は、すでに17報の英語学術論文として発表されている。日本生態学会においては、ポスター発表最優秀賞の受賞や自由集会の企画等を通して学会の活性化にも貢献している。したがって、梁氏は、日本生態学会奨励賞(鈴木賞)の受賞者として相応しいと評価する。

久野 真純 氏
久野氏は、食肉目動物の食性解析と生物多様性がもつ生態系機能評価に関する二つの分野の研究を行っている。前者は主にテンの食性に関するものであり、テンの食性解析手法の検討、ブルガリアにおけるテンの食性と都市環境への適応に関する研究、人為撹乱がテンの行動に及ぼす影響、日本産複数テンの食性ニッチの解析や地域性等、テンの食性に関して網羅的に研究を行っている。これらの成果は2013年以降、11本の国際誌に発表されている。後者の研究は、生態系の生物多様性と撹乱に対する耐性の関係や、「気候変動が生態系機能に及ぼす影響を生物多様性が緩和する」という仮説を検証しようとする、一般性の高いものである。久野氏は博士課程在学中に、気候変動が森林生態系の機能と植物の多様性に与える影響について詳細なレビューを行い、生物多様性が生産性、安定性、抵抗性、復元力などを通して気候変動が生態系機能に与える影響を低減しうる事を示すとともに、今後なすべき研究展望をとりまとめ、国際総説誌に公表している。また、数十年に及ぶ環境変化に対する生態系機能の反応と植物の多様性の関係について、50 年以上の長きにわたって蓄積されてきた亜寒帯林のデータを解析から、二酸化炭素濃度の上昇に伴い、種多様性の高い森林では生長量の増大が見られる種多様性の低い森林では生長量は増加しないことなどを明らかにし、樹木の多様性は環境変動に対する生態系の脆弱性を緩和しうるという結論を得ている。以上のように久野氏は動物行動生態学と植物生態学において業績をあげており、特に、生物多様性と環境変動に対する抵抗性という今日の生態学が取り扱うべき重要な問題の一つについて優れた研究を行い、そして今後の展開も大いに期待できるという点で、日本生態学会奨励賞(鈴木賞)の受賞者に相応しい業績をあげていると評価する。

入谷 亮介 氏
入谷氏は生物の移動分散・宿主―寄生者関係・植物の繁殖等にかかわる適応形質に関する進化生態学的問題の解明を進めるとともに、群集生態学・生態系生態学等への進化動態の波及効果についても議論を深めてきた。入谷氏は通常では計算機シミュレーションに頼らなければ解けないような現実的な条件下での問題設定に果敢に挑戦し、生物学における最新の数理解析ツール(Adaptive Dynamics理論、Next Generation Matrix法、血縁度計算のための集団遺伝学理論等)を縦横無尽に駆使して数学的に明確な解を与えてきた。たとえば、生活史を明示的に考慮した複雑な宿主―寄生者動態における病原性(=感染個体の死亡率を増加させる程度)の進化においては、宿主の生活史パラメータと感染経路が、幼体・成体間の病原性の違いを説明可能であることを初めて突き止めた。また、植物の有性生殖にかかわって生じる種内競争が植物群集内の多様性に与える正の影響について論じた小林和也氏の2018年の研究に関して、国際誌にフォーラム企画を持ち込み、モデルの拡張を行い数学的に厳密な解を与えて、競争に加えて共同効果(facilitation)も生じる条件を明確化し種内進化と群集動態の関係に対する新たな視座を提示している。これらを含む研究成果は、9報の英語学術論文として国際誌に発表されているほか、日本生態学会大会では英語口頭発表を複数行っている(うち一回は最優秀賞受賞)。また学会活動においては国際性やジェンダーバイアスの問題に正面から取り組むなど、将来にわたって生態学への貢献が期待される。以上のように、入谷氏は、生態学の優れた若手研究者であり、日本生態学会奨励賞(鈴木賞)の受賞者として相応しいと評価する。

菅澤 承子 氏
菅澤承子氏は鳥類の行動生態学的研究で顕著な業績をあげている。とくに「加工した道具」使用のヒト以外での稀な実例とされるカレドニアガラスのフック作り行動に関する研究を、英国のセントアンドリュース大学において精力的に進めてきた。菅沢氏はフックの形状とフック作成行動には以前の想像以上に大きな個体差があることを明らかにした。さらに個体差の成因を、齢、経験、文化、フック素材などの環境との相互作用の諸要因に峻別する統計的分析を行い、続いて形状と機能の関係を実験的メカニカルアプローチで精査している。これらを総合し適応論的解釈を進める成果を多数挙げている。ヒトとは身体構造が大きく異なる鳥類におけるこれらの知見は、比較的観点からヒトの道具使用の進化に対して新洞察を与えるものとして、7報の共著論文を著すなど世界的に評価される成果をあげている。また、個体差の詳細に注目するこのアプローチを他の鳥類の渡り行動に関し適用し、「特殊な餌資源に依存する種では渡りのタイミングよりもルートに規則性が高い」とする特殊資源依存仮説を支持する証拠を、GPSロギング法を用いた広域調査で提出している。これらの業績に加え、今後はロボット工学的手法なども取り入れながら、身体基盤と道具の共進化を分野横断的に進め道具使用研究を深化させたいという意欲も含めて、日本生態学会奨励賞(鈴木賞)の受賞に相応しいと評価する。

選考委員会メンバー:井鷺裕司、北島薫、東樹宏和、内海俊介、岡部貴美子、三木健(委員長)、佐藤拓哉、辻和希、半場祐子

なお、選定理由紹介順は応募順である。

トップへ