第10回(2022年) 日本生態学会奨励賞(鈴木賞)受賞者
内田 健太(University of California, Los Angeles)
松村 健太郎(香川大学農学部)
キャス・ジェイミイ(沖縄科学技術⼤学院⼤学)
山崎 曜(国立遺伝学研究所)
選考理由
若手研究者計9名の応募がありました。どの応募者も一定の実績が認められたため難しい判断でしたが、応募者のうち5名は、論文実績、研究の独自性・新規性や研究の主導性が他の応募者に及ばないと判断されました。残り4名は、業績の量・質ともに高く、研究を主導して行っていることが評価され、受賞にふさわしいと判断されました。最終的に全会一致で内田健太、松村健太郎、キャス・ジェイミイ、山崎曜の各氏、計4名を選出しました。
内田健太 氏
内田氏は、野生動物の都市環境への行動学的応答、および人なれに関して独自性の高い研究を行ってきている。キタリスが都市部へ侵入することで、警戒心が低下するだけでなく、その活動の季節性も失われることを解明した。また、都市化に伴う動物行動の変化としてよく知られる大胆さ(boldness)の上昇が生じる仕組みについて、「危険対象の認識(alert distance)」と「警戒行動(flight initiation distance)」に分離して評価することの重要性を提唱し、キタリスをモデルとして検証した。その結果、都市環境で暮らすキタリスでは、危険対象の認識が一貫して低下しているものの、対象物に応じた警戒行動(人馴れ)が生じていることを実証した。さらに、都市化に伴う人馴れが個体サイズの低下につながっている可能性について、キバラマーモットの長期モニタリングデータから指摘している。これは、都市化に伴う野生動物の行動変化と個体数維持や適応進化の関係を実証することに繋がる先駆的な研究である。以上のような実証研究に加えて、内田氏は、都市化が生物多様性に及ぼす影響の空間スケール依存性を指摘し、今後の都市化研究を進めるための枠組みを提案した。以上、内田氏は、都市化に対する野生動物の行動学的応答とその生態的帰結について先駆的研究を行ってきており、今後の研究発展も大いに期待できる。よって、日本生態学会奨励賞(鈴木賞)の受賞者に相応しいと評価する。
松村健太郎 氏
松村氏は、生物の移動分散の中でも「歩行」に着目し、それらが生むトレードオフとその適応的意義を明らかにしてきた。生物の移動分散能力は、個体の適応度のみならず、個体間相互作用や種間相互作用、物質循環など、幅広い現象に関わるため、これまで生態学分野でも集中的に研究されてきた。特に移動分散能力には、集団内でしばしば大きな分散が見られ、それらは移動分散能力と他の形質とのトレードオフを示唆している。これまで、有翅昆虫などの飛翔生物を用いたトレードオフ研究が進んできた一方で、地上性の多くの動物が移動手段として用いる歩行についての先行研究は少なかった。松村氏は、歩行による移動分散を積極的に行い、またそれらに個体差が見られるコクヌストモドキに人為選抜を行うことで、歩行による移動分散能力の異なる系統を実験的に確立するという独自のアプローチを取ることで、歩行と繁殖成功率や捕食者回避能力、繁殖形質との間のトレードオフ関係を新たに明らかにした。これらのトレードオフ関係は、歩行による移動分散能力の個体差が集団内で維持される進化生態的機構を示唆している。これ以外にも、近年は擬死行動や多数回交尾がもたらすトレードオフやその適応的意義を実験的に明らかにするなど、行動生態学に新たな知見をもたらした。以上のように、松村氏は行動生態学の優れた若手研究者であり、日本生態学会奨励賞(鈴木賞)の受賞者として相応しいと評価する。
キャス・ジェイミイ 氏
申請者は、現在発展が目覚ましい生態ニッチモデルを設計する専門家として、統計解析ソフトR上のパッケージENMevalやWallaceの開発に主導的に携わったほか、モデルを適用した研究では、種間相互作用が種分布へ与える影響の統計的評価に関し顕著な業績を残している。たとえば、大移動と集団越冬で有名なオオカバマダラというチョウでは、11月に開花する植物の多寡が越冬前の移動経路に強く影響することを明らかにした。この研究はEcography誌のEditor’s choiceに選定され一般にも高い関心が寄せられた。また、神奈川県のタヌキ、アライグマ、ハクビシンのモニタリング事業データから、アライグマによるタヌキの競争排除という懸念事項に対し疑問を投げかける分析結果を示した研究も実施している。近年では、コロナ禍の日本人若手研究者に国際的交流機会を与えるためのオンライン交流会を日本人研究者と共催するなど、日本のアカデミアへ溶け込んで世界との架け橋の役割を担うことへも積極的である。これらの成果から、日本生態学会奨励賞(鈴木賞)の受賞者として相応しいと評価する。
山崎曜 氏
山崎氏は、先端的なゲノム解析に基づいて、魚類の複雑な系統関係、平行進化、および種分化パターンを解明してきた。種多様性の高い淡水性ハゼ類であるヨシノボリ類を対象として、ミトコンドリアDNA(3つ)と核DNA(6つ)の遺伝マーカーを用いた詳細な解析を行い、過去の大規模な種間交雑と平行的な淡水環境への進出(独立に4回)を経て、今日の系統関係が成立していることを明らかにした。また、回遊性種のクロヨシノボリから淡水性種のキバラヨシノボリへの平行種分化を遺伝解析データから解明し、さらにその種分化確率が島の面積と正の相関をもつことを発見した。これらの成果は、これまで個別に研究されることの多かった小進化過程(平行的な淡水適応による種分化)と大進化パターン(種分化確率と島面積の正の相関)の関係を実証する先駆的な成果である。さらに、山崎氏は、進化研究のモデル生物であるトゲウオ科魚類において、種分化最後期の特徴を全ゲノム解析で検証し、種分化の完了に長期間の地理的隔離が重要であることを解明した。また、トゲウオ科魚類の種分化イベントを種間比較することで、遺伝的分化の進行が急激に上昇する特異点が存在するという種分化に共通のパターンがある可能性を指摘した。以上、山崎氏は、魚類の分子系統関係を解明する重要な研究成果を挙げることに加えて、種分化プロセスの遺伝基盤を解明する先駆的な成果をあげており、今後の研究発展も大いに期待できる。よって、日本生態学会奨励賞(鈴木賞)の受賞者に相応しいと評価する。
選考委員会メンバー:石川麻乃、大橋瑞江、小野田雄介、鏡味麻衣子、佐藤拓哉、佐竹暁子(委員長)、辻和希、半場祐子、森章
なお、選定理由紹介順は応募順である。