日本生態学会

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会長からのメッセージ -No.5-

「知床と国後」

 今月初め、久しぶりに知床岬に滞在して学生・ポスドクと森林調査を行った。シカ排除柵内で近年拡大しているトドマツの林冠ギャップは見事にツル植物に覆われ、ツタウルシの藪漕ぎをする羽目に。海岸草原では、弘前大におられた石川さんたちも冷たい海風に当たりながら調査を行っている。漁船に乗せてもらって岬まで来て、文吉湾の番屋の脇にある漁具倉庫内に板を敷き、寝袋で雑魚寝である。しかし番屋そのものに漁師はいない。近年は船足が速くなってウトロから日帰りが可能となり、以前のように夏の間ここに滞在して漁をする人はいなくなってしまったのだ。日本各地の山小屋で生活しながら木を伐ったり加工していた人たちがいなくなったのと、どこか似ている。

 2013年なので随分と前のことになるが、シカが高密度で生息する知床世界遺産地域の自然と比較するために、少なくとも現在はシカがいない、隣接する国後島の様子を調べることになった。今は中断している墓参団事業の一環として私も含め8名が参加したのだ。シャイだが人懐っこさもある現地の人たちに案内され、フルカマップ市街地のすぐ裏にある湿原の広大さと多様性の高さに圧倒されたり、イチビシナイ湖の絶景やストロボスキー自然観察路の成熟した針広混交林に感動したりもしたが、滞在中には人と自然の関わりについて考えさせられることが多かった。国後島内には自然保護区がいくつかあり、中には一般人の立ち入りが厳格に禁止されているエリアもあり、山奥の小屋にも管理人が常駐して監視する体制が取られている。その徹底ぶりと保護官の数の多さに驚かされた。

 滞在中日の夕暮れ、シマフクロウの声を聴きに行った湿原脇の小高い丘に、ヒナギクに囲まれた小さな日本人墓地を見つけた。かつてこの地にも日本人が暮らしていた証である。ここからはすぐ目の前の知床半島の向こうに日が沈んでゆくのが見える。

 最終日には地元の人たちに向けた講演会があり、石川さんと農工大におられた梶さんによる知床世界遺産の紹介があった。通訳は植物分類が専門で流暢なロシア語を話す福田さんが務める。会場からの発言も多く、中でもクリル人と思しき顔つきの女性が発した「なぜ人が立ち入ってはいけない場所を作るのか?」という質問が印象に残る。“自然は全ての人のものであり、同時に人は自然と一体で何人からも奪ってはならない”という彼らの思想が垣間見える。

 保護区事務所の方々との夕食会では一人一人が今回の訪問の感想を述べ、それを福田さんが伝える。私の番になり、ロシアのアンドレイ・タルコフスキー監督の映画が私は好きで、この地も彼の映画に出てくる景観そのものであること、この風景を今はロシアの人たちが眺めているが以前は日本人が、もっと以前はクリルの人たちが眺めていたはずだ、この美しい風景は限られた人ではなくすべての人が等しく眺めることができれば素晴らしい、という趣旨のことを話した。保護区事務所長も頷いていたように思う。

 人が自然とどのように関わっていけば良いのか、さまざまな考えがあるでしょう。生態学会には 自然保護委員会生態系管理委員会 という、人と自然の関係に真摯に向き合い、活発に活動している専門委員会があります。両委員会がますます連携協力して、大きな課題となっている人間社会と自然生態系の関係のあり方に今後も具体的に提言していけるよう、学会としてバックアップしていければと思います。

2026年8月20日 日浦 勉

国後島の夕暮れ (日が沈んだ先には知床半島が間近に見える。2013年7月撮影)

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