日本生態学会

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会長からのメッセージ -その5-

「気象庁による生物季節観測の変更の見直しを求める要望書」

 今年も残すところがわずかになり、なにかと気忙しい毎日をおくられておられると存じます。コロナ禍でなにごとも例年通りとはいかない2020年ではありましたが、皆様におかれましては、益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。

 さて、去る2020年11月10日付で気象庁は1953年以来続けてきた、全国の気象官署で統一した基準による植物の開花日・発芽日・紅葉日等34種目41現象を対象にした植物季節観測と、鳥や昆虫等の初鳴日・初見日23種目24現象を対象にした動物季節観測を、令和3年1月から動物季節観測を全面的に廃止し、6種目9現象の植物のみを対象とした観測に変更すると発表しました。

 地球温暖化が生物の生存や生態系の成立を脅かす大きな問題になっており、生物季節や生息域、生物群集の変化を引き起こしていると考えられることは、いまさらいうまでもありません。気象庁がこれまで観測してきた生物季節データを使ったさまざまな解析から、過去30年間の開花の早まりや結実の遅れ、開花期間の延長、動物の出現の遅れなどが報告されており、成果の一部は気候変動に関する政府間パネル第5次評価報告書に引用されるなど、気候変動に関する政府間パネルでの目標にも大きく寄与しています。

 このように60年以上の長期にわたって集積された気象庁の生物季節観測は、今後さらに継続的にデータを得ることで、環境変動や季節変動を客観的に捉える上での科学的根拠に基づいた基礎資料となり、将来予測にも役立てられる貴重なものです。このかけがえのない観測が廃止されることが世界的にも多大な損失となることを憂慮し、日本生態学会有志は「気象庁による生物季節観測の変更の見直しを求める要望書(案)」を作成し、さらに広く諸学術団体の意向を集約するために12月12日開催の自然史学会連合総会で共同提案を呼びかけました。その結果、10日間というきわめて短期間の意見募集ではありましたが、26の学術団体から賛同とともに要望書案に有益なご助言をいただきました。とくに動物季節観測が全面的に廃止されることは甚だ遺憾であり、学術的・社会的に価値の高い観測種目6種目6現象だけでも継続していただけないかという具体的な提示と、気象庁で事業継続が困難であれば、市民参加型観測体制などの導入によって事業の実質的な継続につなげることはできないかという提案を加えたものになりました。

 12月23日午前10時に、日本生態学会・湯本貴和会長及び和田直也理事、日本昆虫学会・矢後勝也代議員の3名が気象庁本庁を訪問し、自然史学会連合の加盟団体を主体とする計27学術団体(そのあとさらに1団体が賛同の意を表明)からの「生物季節観測の変更の見直し」についての要望書を関田康雄・気象庁長官を代理する千葉剛輝・大気海洋部業務課長に提出しました。その場で27学術団体を代表し、日本生態学会湯本が要望の内容と連名団体名を読み上げ、千葉課長に手渡しました。先方からはすでに気象庁としての生物季節観測の縮小は決定事項なので廃止が決まっている動物季節観測の復活に応じることは困難であるが、数多くの学術団体からの要望によって観測の重要性を改めて認識し、市民参加型観測体制による事業の実質的な継続に関する提案についてはマニュアル開示などを通じて応じていきたいとの発言がありました。

 そのあと実務担当の観測整備計画課において1時間半ほど、さらに意見交換を行いました。ここでは気象庁による生物季節観測の概要、とくに1)観測対象動物が気象台周辺(半径5km以内、高低差50m以内)からいなくなっていること、2)動物季節観測値と気温の変動との乖離が近年大きくなって本来の気象の進み遅れについての観測目的を果たしていないこと、という観測縮小の理由に関する説明を受けました。それを受けて、我々3名側から、広範な地域を60年以上の長期にわたって定点的かつ網羅的に観測した生物季節データは世界にも例が少なく、ここで中断することは大きな損失であることを述べたのち、動物季節観測が近年、周辺環境の変化による影響を受けているものの長期の気候変動を反映しており、解析次第ではバイアスを補正できることなどを説明し、負担の少ない動物季節(セミ類、モンシロチョウ、ツバメなど)の観測種目のみでも継続していただけないかというお願いをしました。長時間にわたってこの件について意見交換を行い、気象庁としては庁内での決定事項を覆すのはよほどの理由がない限り、難しいという見解が示されましたが、一定のご理解をいただけました。

 また、環境省との連携や市民参加型観測体制を導入し、実質的な事業継続の可能性についても議論しました。結局のところ、気象庁としては観測事業からは手を引くというのが基本姿勢であるものの、観測の引き継ぎについては協力を惜しまないとの返答をいただきました。重ねて、観測の継続性という点での重要性を我々から再度主張し、どのような団体や組織による引き継ぎがよいのかについても意見交換を行いました。その一つに、気象台付近に所在する小中学校に着目し、学校の環境教育の一環として観測の部分的な引き継ぎができないかどうか、その可能性について議論しました。気象庁では、地域の学校の先生を対象とした防災教育を現在、精力的に行っていることから、このような枠組みを活用して気象台近くに所在する学校を対象に、小学生も参加できるような比較的簡単な観測項目について、先生を対象とした講習会を実施し、その上で引き継ぎができないか、そのためにはこれまで実施してきた観測項目の中で地域の事情に応じて引き継ぎが可能な種目や現象を抽出した上で、共通の手法を解説したマニュアルに沿った観測体制の構築が必要ではないか、その前提として気象庁によるマニュアルの作成やデータバンクの確立が必要ではないか、といった議論を行いました。さらに、気象庁による認証のような、生物季節観測を行う上での何らかの制度(たとえば、ユネスコスクールに倣った指定学校制度など)を導入することで、データの質保証をするとともに、参加団体に対してインセンティブを与えるような工夫が考えられないかといった意見も、こちら側から提案させていただきました。実際に季節の移り変わりによる生物の探索を小学校の理科教科書で取り上げており、この中にこれまで継続観察してきた種がいくつも含まれていることから、実現性が高いことも述べました。気象庁側はこの方策について強い関心を示し、具体性を帯びてきた際には今回連名のあった学協会からの協力も要請したい希望がありました。

 これまでの経緯について日本生態学会会長から学会員の皆様にご報告をさせていただくとともに、このたびきわめて限られた時間の中、要望書提出にご協力をいただいた皆様に改めてお礼を申し上げます。今後も市民参加型の観測体制の構築など、これまでとは違った形での生物季節観測の実施・継続について、さらなるご意見やご協力を賜りたく、重ねてお願いを申し上げます。

以下に要望書に賛同していただいた学術団体名を列記いたします(参加表明順)。
日本生態学会、日本昆虫学会、日本霊長類学会、日本鱗翅学会、日本生物地理学会、日本動物分類学会、日本プランクトン学会、植生学会、日本魚類学会、日本植物分類学会、日本植物学会、日本花粉学会、日本サンゴ礁学会、日本蘚苔類学会、日本景観生態学会、日本鳥学会、日本哺乳類学会、種生物学会、日本ベントス学会、日本環境教育学会、日本蝶類学会、日本蜘蛛学会、日本地理学会、日本動物園水族館教育研究会、日本菌学会、日本DNA多型学会、日本動物学会、日本遺伝学会。

 来たる2021年が皆様にとって幸多い年となることを祈念して、年末の会長からのメセージとさせていただきます。

2020年12月25日
日本生態学会会長 湯本 貴和

気象庁要望書提出
気象庁で千葉剛輝・大気海洋部業務課長に要望書を手渡す(2020年12月23日)


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