沖縄島在沖米海兵隊北部訓練場内ヘリパッド建設予定地の見直しに関する要望書
沖縄島北部(通称やんばる)に発達している亜熱帯降雨林は、わが国で最も種多様性の高い生物相を有しており、熱帯・亜熱帯地域に特徴的な高い生物多様性の維持・発達機構に関する生態学的研究の場としてかけがえのない学術的価値を持つものである。また、ノグチゲラ・ヤンバルテナガコガネに代表されるやんばる固有種は、現在知られているだけでも66種にのぼり、さらに多くの新種が棲息していることが確実である。これらやんばる独自の生物は、九州以北や中国大陸・台湾と150万年以上にわたってほぼ隔離された条件で進化したものである。やんばるの森林・生物相は、今日までにも多くの科学的発見をもたらしてきたが、21世紀における生態学・進化学の研究を通じてますますその学術的重要性を増すと考えられる。
このやんばるの森林には在沖米海兵隊北部訓練場が置かれてきたが、日米特別行動委員会(SACO)の合意に基づいてその一部が返還されることになった。ところが、この一部返還にともない、返還地内にあるヘリパッド(ヘリコプター着陸帯)を海兵隊が継続使用する地域に移転することが計画されている。しかし移転予定地はやんばるの中でもとくに自然度が高く、成熟した亜熱帯降雨林におおわれている。さらに、分水嶺から海岸線まで自然植生が切れ目なく連続している点で、やんばるの生物相の保全上きわめて重要度の高い中核地域である。
現在の計画では、直径75mの7つのヘリパッドの建設と、そのための取り付け道路の工事が予定されており、その候補地として、北部訓練場内の東村北部の福地ダムから国頭村南部の安波にいたる面積約38km2の範囲の森林部が選定されている。琉球大学教官を中心とする調査チームの報告によれば、本計画の対象地域からは、ノグチゲラ・ヤンバルテナガコガネ・クニガミトンボソウなど22種のやんばる固有種と126種の絶滅危惧種・貴重種を含む1313種、およびいくつかの新種と考えられる動植物が確認されている。この調査が米軍基地内という制限を受けた条件下で実施されたことを考慮すると、将来、詳細な調査研究が実施された時、どのような重大な科学的発見があるか計り知れないものがある。
本計画が実施された場合、やんばるの森林・生物相に対して以下のような影響が及ぶと予測される。
(1)多くの固有種・絶滅危惧種の生息場所が部分的に消失するだけでなく、取り付け道路の建設による生息場所の分断によって絶滅のリスクが著しく増大する。生息場所の分断が野生生物の絶滅を大きく促進する要因であることは、近年の多くの生態学的研究で裏付けられている。
(2)林齢50年以上の森林が集中する地域に計画されているため、ヤンバルテナガコガネ、ノグチゲラ、1998年に新種として記載されたばかりのヤンバルホオヒゲコウモリなど、大木への依存度の強い生物種の絶滅を促進する。
(3)計画されている工事が影響を及ぼすと考えられる福地川・新川川・宇嘉川流域には、両生類、魚類、渓流性のトンボ類や水生昆虫など水系に強く依存する動物、渓流沿いにのみ生育する植物の固有種・絶滅危惧種が集中して分布している。工事にともなう赤土の河川への流出により、これら動植物の絶滅が促進されるおそれがある。
(4)ノグチゲラなど騒音に敏感な動物の生息環境を悪化させる。
以上のことを考慮して、日本生態学会は、ヘリパッド建設が学術的価値の極めて高い森林と生物相を撹乱・破壊する事業であることを憂慮し、建設予定地の見直しを要望する。
以上、決議する。
1999年3月29日
日本生態学会第46回大会総会