中国電力による上関の海面埋立工事の即時中断を求める緊急要請
日本生態学会自然保護専門委員会 委員長・矢原徹一
瀬戸内海周防灘長島の上関原子力発電所建設予定地において,2011年2月21日深夜から強行された海面埋立工事について,下記理由により、即時中断を求める緊急の要請を行うものである。
生物学研究者の組織である3つの学会(日本生態学会・日本ベントス学会・日本鳥学会)は,当該海域が世界に誇る内海の生物多様性の宝庫であり,将来の瀬戸内海の生態系の再生にとって不可欠の場所であることを,これまで再三にわたって指摘してきた。しかし,今ここで,中国電力株式会社による原子力発電所の建設計画が強引に進められている。環境影響評価(環境アセスメント)はきわめて問題の多いものだった。上記の3学会およびそれらの学会の自然保護関連の委員会は,これまで合計12件もの要望書を事業者や監督官庁に提出し,自然豊かな海域を破壊する強引な埋立工事の中断と,適正な調査の実施を強く求めてきた。さらに,日本生態学会は,昨年10月に名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)の関連イベントにおいても,この問題の重要性を強調したところである。
しかるに,中国電力株式会社は,これらの研究者の声を全く無視し,2011年2月21日深夜から海面埋立工事を強行している。
日本生態学会会員が1999年以来実施してきた現地調査によって明らかになったところでは,埋立工事海域には以下のような保全が必要な希少野生動植物が生息・生育している。
腕足動物,カサシャミセンなど2種;軟体動物(貝類),ナガシマツボなど27種;環形動物(ゴカイ類),オミナエシフサゴカイなど4種;棘皮動物,イボカギナマコ;脊索動物,ヒガシナメクジウオ,ミミズハゼ類7種;海藻・海草類,スギモクなど3種。これら45種の希少野生動植物は,海岸や海底に生息・生育する種であり,現在進行中の岩石・土砂等の投入により生息が直接的に脅かされ,生息地が破壊されるものである。
また埋立工事海域は,国際的希少野生動物であるスナメリ,オオミズナギドリ,ウミスズメ,カンムリウミスズメなどの回遊・飛来・子育て域であり,多数の作業台船の来航はその生息を脅かすと共に,埋立工事はこれらの種の餌場となる海洋生態系を破壊するものである。さらに,ミサゴ,ハヤブサなどの海岸域を生活場とする鳥類にとっても,工事による環境撹乱は生息の脅威になると考えられる。本委員会の調査によって,長島の原発建設計画地周辺では,山口県のレッドデータブックに記載された鳥類が40種確認されているが,そのうち今回の埋立工事の影響を強く受けるものは11種にのぼると考えられる。
中国電力は,こうした多くの希少野生動植物の生息状況の把握,全体的な生物多様性の把握,その保全対策が極めて不備なまま,埋立工事を強行している。こうした姿勢は,企業にも環境倫理が強く求められる今日の社会では,到底許容されるものではない。また,このような事態は,日本国にとっては,COP10における以下の国際的合意(愛知ターゲット目標11)に反することになる。「2020年までに,少なくとも陸域及び内陸水域の17%,また沿岸域及び海域の10%,特に,生物多様性と生態系サービスに特別に重要な地域が,効果的,衡平に管理され,かつ生態学的に代表的な良く連結された保護地域システムやその他の効果的な地域をベースとする手段を通じて保全され,また,より広域の陸上景観又は海洋景観に統合される。」さらに,山口県が定めた以下の環境基本条例第三条2の条項にも反する。「環境の保全は,環境への負荷をできる限り低減することその他の環境の保全に関する行動がすべての者の公平な役割分担の下に自主的かつ積極的に行われることにより,健全で恵み豊かな環境を維持しつつ,環境への負荷の少ない持続的発展が可能な社会が構築されることを旨として,行われなければならない。」
本委員会は,海面埋立工事の中断と,生態系の適正な評価及び保全対策の再検討,そして瀬戸内海の自然に対して大きな責任を負っている中国電力の真摯なる姿勢の表明を強く要望する。また,日本政府と山口県知事に対しては,国際的な公約である生物多様性保全(わが国が誇る代表的な「ホットスポット」の保全)の見地から,海域埋立工事の一時中断を中国電力に対して指導することを強く要望する。
以上
送付先:中国電力社長,山口県知事,日本政府(経産省,環境省,首相)