中池見湿地への新幹線敷設計画に対して、新たな環境影響評価調査を求める要望書
日本生態学会自然保護専門委員会 委員長・矢原徹一
福井県敦賀市にある中池見湿地は、厚いミズゴケ泥炭層を持つ袋状埋積谷として、また氾濫や水田耕作などの攪乱を経験してきた低層湿原として、現在の日本ではきわめて貴重な湿地として評価されている。この湿地には、オオニガナ、オオアカウキクサなどの北陸の山間湿地を代表する植物に加え、日本列島の氾濫原湿地を代表し今では絶滅危惧種となっているミズトラノオ、ミズアオイ、ミズタガラシ、デンジソウ、サンショウモなどの植物が豊富に生育する点に特徴があり、ゲンゴロウ、ゲンジボタル、ヘイケボタル、ナカイケミヒメテントウ、ネアカヨシヤンマ、サラサヤンマなどの低湿地を代表する昆虫も数多く見つかっている。水路にはメダカが多く生息するが、この日本海側の多雪地帯に分布するメダカ集団は、この中池見湿地を模式産地にして新種記載された。
かつてこの地に液化天然ガス貯蔵庫を作る計画が持ち上がった際、日本生態学会はこの計画の再考と湿地の保護を求める要望書を1996年に事業者と国、および福井県に提出している。その後、中池見湿地の自然の価値は全国的・世界的に認められることになり、開発計画は白紙撤回され、さらに2012年には、中池見湿地は越前加賀海岸国定公園の一部として追加指定され、さらに同年7月、ラムサール条約登録湿地となった。
ところが、2012年8月、北陸新幹線敷設計画が国から発表され、その計画では、新幹線がこの湿地の一部を横切ることになっている。この計画は2002年に事業アセスメントが行なわれ、工事実施計画の申請が国土交通省に行なわれたものの、その認可がすぐにはおりず、2012年6月に認可が下りたものである。しかも、その路線は、事業アセスメントの計画路線よりも150メートル湿地側に変更されている。現在路線が計画されている部分は、湿地から流れ出す小川ぞいの後谷と呼ばれる場所で、かつて水田耕作が行なわれていた場所でもある。この地域には、ミズトラノオやトチカガミをはじめとする湿地植物が多く見られ、小川にはアブラボテやタガイの生息が見られる。この計画が実行に移されたなら、後谷の湿地の自然が工事によって壊滅的な影響を受けるだけでなく、トンネル掘削が湿地の水収支に与える影響や、新幹線の運行が湿地に生息する生物に与える影響も危惧される。国は、新幹線敷設予定地がラムサール条約湿地に登録されたばかりの場所であることを重く受け止め、第10回生物多様性条約締約国会議(COP10)で合意された、人類が自然と共生する世界を2050年までに実現することを目指す愛知目標をもかんがみ、本計画が湿地の生物多様性や生態系に対して与える影響について、詳細な環境影響評価調査を実施し、その結果をふまえた計画の再考を要望する。
以上
送付先:国土交通大臣、環境大臣、福井県知事、敦賀市長、鉄道・運輸機構理事長