日本生態学会

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銭函海岸における風車建設の中止を求める意見書

一般社団法人日本生態学会
自然保護専門委員会長 吉田 正人

 日本生態学会自然保護専門委員会は、2011 年に「石狩海岸の風車建設事業の中止を求める要望書」(以下「要望書」)を北海道知事宛に提出し、あわせて事業者である銭函風力開発株式会社の親会社、日本風力開発(当時)に対して同文書を手渡し説明したところである。現在計画されている石狩浜銭函海岸における風車建設は、2011 年に中止を要望した風車建設計画の発電出力を増大させたものであり、このときの「要望書」が指摘したのと同じく、貴重な自然の破壊を招くことが予見される。このため、現在計画されている銭函海岸における風車の建設を中止するよう、下記の通りあらためて強く要望するものである。

(石狩海岸・銭函海岸の生態学的重要性)

  1. 2011 年の「要望書」で述べたとおり、石狩海岸に残された砂丘は後背地のカシワ自然 林を合わせて、今や希な自然といえる。なぜなら、国内で自然の姿を保つ砂浜や砂丘 はすでに砂浜海岸の7%に過ぎないほど減少しており、後背地に自然な海岸林を併せ持つものは、さらに少ないからである。このため、その自然環境は、「北海道自然環境保全指針」(平成元年)において「すぐれた自然地域」に選定され、「海岸植生」や「天然カシワ海岸林」が当該自然とその環境が維持できるよう保全を図るものとされ、「すぐれた砂丘・砂浜」や(キタホウネンエビやエゾアカヤマアリなどの)「特異な昆虫等生息地」が、主要な部分あるいは要素について保全を図るものとされている。また、「第 5 回自然環境保全基礎調査 特定植物群落調査報告書」(平成12 年)において、当該地のカシワ林が特定植物群落として選定されている。さらに、「日本の典型的地形」(平成11 年)および「日本の地形レッドデータブック」(平成12 年)において、当該地が「石狩浜」もしくは「石狩砂丘」として選定されている。景観についても「北海道自然100 選紀行」(朝日新聞北海道支社 昭和62 年)と「さわやか自然百景」(NHK 平成20 年および27 年)に取りあげられているところである。このように自然と景観が高く評価される石狩海岸の中で、1970-80 年の石狩湾新港が建設されて以降、銭函海岸は、海岸から内陸にいたる自然の連続的変化をほぼ唯一保っているという点で、ことに重要な場所となっている。その変化は、汀線に接する砂浜荒原からはじまり、内陸にむかって砂丘草原、砂丘低木林、後背の砂丘列に成立したカシワ海岸林とさらに内陸側にあるミズナラ林にまで連続している。このような連続的な植生交代のまとまりは国内において希有な存在となっている。
  2. 銭函海岸はそこにみられる生物という点でも価値が高い。植物では、予定地とその周辺にみられる11 種の絶滅危惧種のうちエゾナミキソウが砂丘上に生育する。またオオワシやオジロワシ、ミサゴ、ハヤブサなどの絶滅危惧猛禽類が飛来する。さらに近年個体数の減少が激しいアカモズやシマアオジといった絶滅危惧スズメ目鳥類が生息し、カモ目の準絶滅危惧種であるマガンの飛来も見られる。また、節足動物では、エゾアカヤマアリがこの砂丘草原においてスーパーコロニーをつくり、砂丘間の融雪水プールには、石狩浜と下北半島にしか分布しないキタホウネンエビが生息している。菌類も石狩浜が基準標本産地となるスナハマガマノホタケなどがみられる。このように銭函海岸が貴重な自然であるため、景観を楽しみ、自然に親しむためのフットパスが設定され、札幌周辺での昆虫観察の適地として図鑑で紹介されており(「札幌の昆虫」 平成18 年)、動物や植物についての複数の定期的な自然観察会が行われている。

(本建設計画の問題点)

  1. 本建設計画は以下のような重大な問題をもつ。まず、本建設計画は、今回示された評価書段階では、2010 年の自主アセス評価書ならびに2012 年の準備書と比べ、規模が大きくなっている。すなわち、風車の台数が15 基から10 基、改変面積が8.7ha から6.3ha に減らされているが、個々の風車は準備書段階から大型化され、定格出力が2,000kW から3,400kW に、ハブの高さが77m から94m に、ロータ径が83.3m から108m に、風車の高さが約119m から148m に変えられている。風車の基盤径(八角形)は17m ある。このような風車10 基による発電所の総出力は30,000kW から33,000kW に、ロータの回転面がもつ合計面積は8.17ha から9.16ha に増加している。
  2. 次に、国内で砂丘上に作られた他の場所では、すでに植生がほぼ完全に破壊された砂丘上に建設されるのに対して、銭函海岸では自然が残る砂丘上に建設が計画されていることである。この風力発電計画では、砂丘上に存在するハマニンニクーコウボウムギ群落12ha の10.8%が、ハマナス、ハマエンドウ、ヒロハクサフジを含むススキ群落34.5ha の6.1%を改変する。このため砂丘草原植生が大きく破壊され、汀線から内陸にかけて変化する砂丘植生の要素をそろえて持つという、銭函海岸の特筆すべき価値が大きく損なわれることになる。植物群落については、工事終了後、改変面積6.3ha のうち4.4ha を緑化するとしているが、厳しい環境に成立しているこれらの群落の回復に関する技術的めどは立っておらず、外来植物が侵入する危険性が高い。また、施設の耐用期間は20 年と言われ、20 年後には再び相当な面積が改変されることになる。
  3. 次に絶滅危惧生物に与える影響である。オオワシやオジロワシ、ミサゴ、ハヤブサなどは風車の建設予定地を頻繁に飛行している。さらに近年個体数の減少が激しいアカモズやシマアオジが風車の建設予定地を好適な環境として生息し、マガンの飛来も見られている。個体数が少ないか、個体数の変動が激しい、もしくは個体数が減りつつある個体群では、小さな個体群増加率の減少であっても消滅の可能性が高まる。また、寿命の長い猛禽類などは、成体死亡率の僅かな上昇であっても消滅の可能性が高まる。このこととあわせて、鳥類個体群に与える風車の影響の事前予測がそもそも難しいことから、当該地の鳥類個体群が受ける影響には大きな不確実性が伴う。風車の影響を受ける同じ飛行動物のコウモリ類に関しては、環境影響調査によって種名が明らかになっておらず、調査が不十分であり、影響不明と言わざるをえない。また、エゾアカヤマアリは、砂丘の草原と低木林に生息するので、その生息場所の一部が奪われ、さらに地面の振動に弱いとされることから、風車が地面に伝える振動によっても個体数を減らす可能性がある。キタホウネンエビは生息する融雪プールの数が限られ、風車の建設により地下水位が低下することがあれば、そのいくつかは湛水期間の縮小や消失の可能性もある。
  4. 本計画は景観にも大きな影響を与える。風車の建設により、銭函海岸は拡がりのある美しい自然景観を失い、風車がもたらす騒音の下に置かれることになるからである。
  5. 銭函海岸のような貴重な自然が保たれている場所では予防原則の立場に立つべきであり、植生を改変し、様々な生物への影響が不確定な大型の工作物を建設することは避けなくてはならない。風力発電一般について、事後調査により判明した重大な事態に対する対処は必要であるが、それぞれの個別事案に対する標準的な対処法が確立されていないので、公開のもと有効かつ十分な対処がなされるか不明であり、貴重な自然の破壊がおきる危惧を抱かざるをえない。そもそも景観や植生など事後の対処が不可能、もしくは困難なものも存在する。

 再生可能エネルギーの開発は必要であるが、そもそもその建設立地は慎重に選ばなくてはならない。豊かな自然が残り、いくつもの絶滅危惧種が生育生息し、その場所の重要さが様々に指摘されている銭函海岸では厳に建設を避けるべきであり、建設の中止を強く求めるものである。

以上

提出先:北海道知事 銭函ウィンドファーム合同会社

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