苫東厚真風力発電事業計画の事業区域の変更を求める要望書
当事業が計画されている苫小牧市東部から厚真町・むかわ町にまたがる勇払原野は、湿原・草原が大規模に現存する希少地域である1。風力発電所の建設とその後の運用による環境改変はこの地域の生態系や生物多様性に多大な影響を及ぼす可能性があり、現行の事業計画では、その影響を回避あるいは低減することが下記の理由により極めて困難である可能性が高い。したがって、本事業による環境改変が生態系や生物多様性に与える影響を回避・低減できるに足る科学的根拠が示されない場合は、苫東厚真地域における風車の建設計画を大幅に見直し、事業区域の変更を要望する。
- 保全の必要性: 計画用地には自然度の高い湿原、草原、湖沼等がまとまって存在している。計画用地とその周辺は大部分が海浜を含めた湿原・草原に占められ、面積は460 haに上る(文献2, 3から計算)。この面積は、環境省「生物多様性の観点から重要度の高い湿地」4にも選定されている安平川湿原に匹敵する。計画用地に含まれる浜厚真海岸は、「北海道自然環境保全指針」5において「身近な自然地域」に選定され、各種公共事業や開発等の計画や実施の際に保全に適切に配慮することが求められている。計画用地周辺には、ラムサール条約登録湿地であるウトナイ湖が存在し、さらに、ウトナイ湖・弁天沼を含む西側と入鹿別川から鵡川流域に至る東側の二区域が、日本野鳥の会・バードライフインターナショナルによる重要野鳥生息地(IBA)およびコンサベーションインターナショナルによる生物多様性の保全の鍵になる重要な地域(KBA)に選定されている。計画用地は、隣接するIBA/KBA選定地域最大の湿地であり、動植物の重要な生息生育地となっている。
- 希少種: 計画用地は勇払原野の中でも有数の希少種・絶滅危惧種の生息生育地である。鳥類では文化財保護法指定種(天然記念物・特別天然記念物)に5種、国内希少野生動植物種指定種に9種、環境省レッドリスト(以降、環RL) に41種、北海道レッドリスト(道RL) に46種確認されている6-9。魚類では環RLおよび道RLにそれぞれ3種8, 9, 10、節足動物では環RLに種18種、道RLに種7種が8, 9, 11、維管束植物では環RLに9種、道RLに5種が確認されている8, 9, 12。計画用地にはこれらの動植物種が広く生息生育し、本建設計画で環境保全措置を実施しても、風車建設が希少動植物に与える影響を回避または低減することが困難である。
- 鳥類への影響: チュウヒ(環RL絶滅危惧IB類・国内希少野生動植物)は、2012~15年には、計画用地内西部、中央部、海岸部、その近傍の複数の湿原で年平均6.8つがい(範囲6~8)が繁殖し、年平均5.3羽(2~9)の雛が巣立っている(文献13, 14から計算)。計画用地内で繁殖するチュウヒつがい数は、国内繁殖つがい数の5%を占め、繁殖成績も屈指の高さを誇り、計画用地は本種の最重要繁殖地である。チュウヒは、巣の周囲 2 ㎞以内において、採食地面積が減る、又は人工構造物面積が増えると、営巣放棄および繁殖失敗確率が高くなることが知られているが14, 15、計画用地内においてチュウヒの巣から2 ㎞以上の距離を取り風車を建設することは、巣の密度が高いため不可能である。
タンチョウ(環RL絶滅危惧II類・国内希少野生動植物種・特別天然記念物)の渡来が海岸部の湿原に相次ぎ、2017年と2021年に繁殖が確認された7。タンチョウは、環境省により道央圏への生息地の分散が推し進められている。ツル科鳥類は、風車建設により、生息地放棄の要因となる障壁効果の影響を受けやすい16-18。風車への衝突リスクもある。これらのことは、タンチョウ生息地分散計画の目標にも反する。さらに、激減している日本固有亜種アカモズ(環RL絶滅危惧IB類)の繁殖地も計画用地内にあり、オオジシギ(環RL準絶滅危惧種)も多数繁殖している7。
計画用地とIBA/KBAとの最短距離は2 ㎞未満であり、計画地周囲にあるIBA/KBAにまで影響が波及する危険性が高い。大型鳥類等の行動圏は半径2 ㎞より優に大きく、計画用地とIBA/KBAの双方を利用する動物は少なくない。例えば、計画用地は、IBA/KBA内で繁殖するチュウヒの採食地である14。IBA/KBAを往来する最大1万5千羽のガン類の飛翔ルートでもある7, 19。計画用地への風車建設は、鳥類の行動変化やバードストライク等を通じ20, 21、これら動物の個体数減少を引き起こし、計画用地だけでなくIBA/KBAを含めた周辺の生態系機能を劣化させる可能性が高い22, 23。 - 生態系の重要性: 植物については、ナガバエビモ(環RL絶滅危惧IA類・国内希少野生動植物種)をはじめとする、海浜や池塘等の特殊な生育地に現れる水草の絶滅危惧種が確認されている8,9,12。計画用地は、各地でほぼ消失した海浜草原・湿原が自然状態に近い状態で現存する希少地域である。絶滅危惧種の絶滅回避や影響低減という観点だけでなく、海浜草原・湿原が有する景観を良好な状態で持続するためにも、計画地全域の保全が必要である。加えて、風車建設は基礎部よりも作業道路やヤードが大きな面積を占め、これらの造成地では建設後に外来植物が繁茂する事例もみられる24。本事業計画は、事業区域内の生態系や景観に影響を与え、それらの機能を大きく低下させる可能性が高い。
本建設計画が実施されれば、計画用地内外の貴重な生態系に大きな影響が及び、生物多様性が著しく低下することが、研究成果や科学的知見の集積から予見される。本建設計画用地内において、風車の位置や台数を大幅に見直したとしても、風車建設やその後の運用に伴う環境改変が生態系や生物多様性に及ぼす影響を回避あるいは低減するには限界があり、本風力発電事業と環境保全の両立は困難である。本事業配慮書に対する北海道知事意見では、「重大な環境影響を回避又は十分低減できない場合若しくは回避又は低減できることを裏付ける科学的根拠を示すことができない場合は、事業区域の変更、規模の縮小など事業計画の見直しを行うことにより、確実に環境影響を回避又は低減すること。」と述べられており25、これまでに類のない強い懸念が示されている。
地球温暖化対策として再生可能エネルギー導入が進められている一方で、本事業は導入にあたり生態系や生物多様性に十分に配慮した立地選定が行われているとは言いがたい26。生物多様性保全は地球温暖化対策の根幹の一つであり27、地球温暖化対策の効果を最大化するには、生物多様性の価値が高い場所を避け再生可能エネルギーを導入することが望ましい。本建設計画用地のように、生物多様性上の価値が高く、開発による生態系への影響を回避または低減することが明らかに困難である場合には、計画は見送られるべきである。以上より、本事業による環境改変が生態系や生物多様性に与える影響を回避・低減できる科学的根拠が示されない場合は、日本生態学会は、本建設計画の事業区域の変更を強く要望する。
以上
2022年3月16日
第69回 一般社団法人 日本生態学会大会総会にて決議
送付先:Daigas ガスアンドパワーソリューション株式会社、北海道知事、環境大臣、経済産業大臣
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