瀬戸内海(上関)における使用済み核燃料中間貯蔵施設の建設計画に関する要望書
一般社団法人日本生態学会
自然保護専門委員会
委員長 関島恒夫
瀬戸内海西部の周防灘にある山口県上関町周辺海域は、瀬戸内海本来の豊かな自然環境と生物相が残された大変貴重な場所である(1, 2, 3)。スナメリ(水棲哺乳類)、カンムリウミスズメ、オオミズナギドリ、ハヤブサ、カラスバト(鳥類)、ヤシマイシン近似種やナガシマツボ(軟体動物)、カサシャミセン(腕足動物)、ヒガシナメクジウオ(原索動物)、多種類のミミズハゼ(魚類)、ビャクシン(植物)など、他にも数多くの希少種・絶滅危惧種・天然記念物に指定された種が生息することから、わが国の生物多様性国家戦略に掲げた「健全な生態系の確保」を実効する上でも非常に重要な地域と考えられる。
ところが、2023年8月23日、当該地域において島根原発と関西電力からの使用済み核燃料を受け入れる中間貯蔵施設の建設が新たに計画され、予定地のボーリング調査がおこなわれることとなった(4)。同予定地では、2001年から上関原子力発電所の建設も計画され、原子炉設置申請に向けた詳細調査の一部としてのボーリング調査が2005年に行われたが、作業時の汚濁水が漏れて付近の潮間帯上部に流入・沈着し、水質階級Ⅰ(きれいな水)の指標生物であるケガキ(5)の死骸が確認されるなど、生物相の変化をもたらしたことが知られている(6)。したがって、今回の新たな核燃料中間貯蔵施設の建設に伴うボーリング調査においても、同様の被害が起こる可能性が高い。
今回の長島における中間貯蔵施設の建設計画は、2011年から準備工事が中断している上関原子力発電所(7)の対象事業実施区域内で新たに提案された事業であり、開発の内容および規模等に照らし、環境影響評価法の定める環境アセスメントが求められる事業の対象外と位置づけられている。しかし、本事業が実施された場合、莫大な切土工事や埋め立て工事が必須であることから、上述した貴重な生態系への負の影響がはかり知れない。自然環境に対する一層の配慮が求められる昨今、環境影響評価法の対象にならない開発行為であっても、環境負荷が大きいと想定される場合には、環境アセスメント制度を参考に、事業者が自主的に環境に関する調査や影響予測・評価を行い、環境に配慮した開発を実現するために必要な環境アセスメントを行う事例が増えている。中国電力は環境影響評価法に準じて、科学的な調査・予測方法に基づき、その影響を定量的に調査し、透明性と公開の原則に基づいた環境アセスメントを実施すべきである。こうした手続は、上関のみならず瀬戸内海全体の環境保全のために不可欠である。
2022年12月に開催された生物多様性条約締約国会議(COP15)では、昆明・モントリオール世界生物多様性枠組みの中で「30 by 30 (陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全するという目標)」が設定され、日本政府としても、自然を回復軌道に乗せ、これ以上の生物多様性の損失をくい止め反転させるとしたネイチャーポジティブの方針が示された。今後、海域と陸域の生態系保全の重要性がますます高まる中、瀬戸内海西部の海域に対し、上関使用済み燃料中間貯蔵施設建設の環境影響を適切に評価することは、ネイチャーポジティブの観点からも強く求められる(8)。
以上のことを踏まえて、日本生態学会自然保護専門委員会は、予定地とその周辺海域に形成される多様かつ貴重な生態系を損ねないようにするため、中国電力(株)、利害関係者、および関係省庁に以下のことを要望する。
- 中国電力は、上関使用済み核燃料中間貯蔵施設の立地可能性調査にともなう伐採とボーリング調査そのものが環境に及ぼす影響を低減するために、上関原子力発電所の「工事期間中の環境保全措置」(9)に準じて、泥水等が海に流出しない工法をとること。
- 中国電力は、上関使用済み核燃料中間貯蔵施設の建設計画について、環境影響評価法に準じて、科学的な調査・予測方法に基づき、その影響を定量的に調査し、透明性と公開の原則に基づいた環境アセスメントを実施すること。
- 山口県・上関町・経済産業省・環境省・文化庁は、自治体および日本政府の生物多様性保全と文化財保護の方針にそって、当該の環境アセスメントが適正に行われ、その過程および結果が公開され、事業影響が適切に判断できるよう事業者に助言すること。
提出先
中国電力・山口県・上関町・経済産業省・環境省・文化庁
引用文献
- 日本生態学会中国・四国地区会(2001) 『長島の自然』地区会報 No.59,
- 日本生態学会中国・四国地区会 (2006) 『長島の自然 (その2)』地区会報No. 60
- 日本生態学会上関要望書アフターケア委員会 (2010) 『奇跡の海: 瀬戸内海・上関の生物多様性』南方新社
- Ankei, Y. & T. Ankei (2024) Biocultural Diversity of Suōnada in the Seto Inland Sea: Toward the Survival of the ‘Sea of Miracles’. 『山口県立大学大学院論集』 25: 1-18
- 瀬戸内海環境保全知事・市長会議他編(2014)『瀬戸内海の海岸生物調査マニュアル』
- 日本ベントス学会 (2000, 2005, 2009) 上関原子力発電所建設計画に関する意見書および要望書,
- 上関原子力発電所・準備工事中断前の状況, 中国電力ウェブサイト
- 環境省(2023)「生物多様性国家戦略 2023-2030」
- 上関原子力発電所・工事期間中の環境保全措置, 中国電力ウェブサイト