第7回(2009年)日本生態学会賞受賞者
和田英太郎(独立行政法人海洋研究開発機構地球環境フロンティア研究センター生態系変動予測プログラムディレクター,京都大学名誉教授)
加藤真(京都大学大学院人間・環境学研究科・教授)
選考理由
和田英太郎氏
和田氏は「安定同位体生態学」と呼ばれる生態学研究の新しい分野を切り拓いた.この分野は,地球環境変動下における生態系や人間活動による生態系の歪みの解析などに発展し,現在の生態学では不可欠な分野に成長しているおり,氏の生態学の発展,深化における貢献は際立っている.
和田氏の生態学に関連した研究業績は,おもに二つに区分することができると思われる.ひとつは,食物連鎖過程を通してみられる生態系における安定同位体比の変動パターン(規則性)を発見し,その機構に対する理解の深化に貢献したことである.これらの業績は,「安定同位体生態学」と呼ばれる新しい生態学研究分野の創出につながった.近年出版された初めての国際的な教科書であるStable Isotope Ecology (by BrianFry, Springer 2006)においても,同氏の貢献は高く評価されている.この新しい方法論は,我が国の生態学研究者の間でも,近年,急速に普及しており,陸域・水域を問わず,食物網や食性研究の不可欠なツールとなっている.この業績に関連する和田氏の主要論文4報(NATURE 292: 327-329 (1981); GEOCHIMICA ET COSMOCHIMICA ACTA 48(5): 1135-1140 (1984)など)だけでも,その総被引用件数は1301件に達し,和田氏の研究の国際的なインパクトの大きさが裏付けられている.
和田氏の研究業績のもうひとつの注目すべき側面は,安定同位体比の分布や変動に基づいて,生態系に対する人間活動の影響を解明する新しい方法論の提案を行った点にある.上述の研究のいわば「応用編」ともいえる研究を琵琶湖̶淀川水系などで展開し,研究成果は Oecologia, Functional Ecology など主要な国際誌に多数公表されている.
また,和田氏は,学際的な新領域の開拓を通じて,多くの優秀な若手研究者を育てた.IGBP,未来開拓,総合地球環境学研究所のプロジェクト研究などのリーダーとして,当該分野の研究展開における指導的役割を果たした.
以上のように和田氏は,研究業績,国際性,指導性,いずれの点においても高く評価でき,選考委員会は,同氏を第7回(2009年度)「日本生態学会賞」受賞候補として選定した.
加藤真氏
加藤氏は昆虫,植物,水生生物と広範な分類群を対象とし生物多様性と生物間の相互作用を解明する研究を精力的に展開している.加藤氏の研究スタイルは,熱帯林から海岸までさまざまなハビタットに生息する生物を直接観察によって調べ,生態学的新知見を得ようと追求するもので,生態学の原点であるナチュラリスト的視点に貫かれている.
このような研究スタイルによって,加藤氏は,熱帯林における送粉共生系の種間関係の同定,機能,空間分布,動態,進化的意義について大きな研究成果をあげている.特に裸子植物だが被子植物と祖先を共有するグネツムが,ガとのunspecializedな虫媒送粉共生関係にあることを発見し,被子植物の花とともに共進化した長い口吻を持つガの出現後に進化したと推定,送粉の起源を示唆した研究は高く評価されている.また日本においては,外来送粉種の侵入の在来送粉群集への影響を報告し,さらには潜葉虫とそれをめぐる多様な寄生蜂群集の構造と動態を明らかにする,など生物多様性と相互作用網に関する一連の研究は Nature, 米国科学アカデミー紀要,Oecologia, American Journal of Botany, Population Ecology, Ecological Research など国際的に著名な学術雑誌を中心に100本以上の英語論文を発表し,総引用回数は700回を超えている(Web of Science 調べ).
また,加藤氏は,熱帯林(主にサラワク)の研究において,当該分野の研究展開における指導的役割を果たしてきた.さらに,多くの日本語による解説や著作によって生物多様性の重要性を唱え,啓蒙に努めた点も見逃せない業績である.
以上のように加藤氏は,研究業績,国際性,指導性,いずれの点においても高く評価でき,選考委員会は,同氏を第7回(2009年度)「日本生態学会賞」受賞候補として選定した.
選考委員会メンバー:河田雅圭,齊藤隆(委員長),柴田銃江,杉本敦子,竹中明夫,辻和希,津田みどり,永田俊,松田裕之