第9回(2011年)日本生態学会賞受賞者
中静 透(東北大学大学院生命科学研究科・教授)
選考理由
中静透氏は、ともすれば静的に捉えられがちであった極相林の更新過程を、構造の空間的・時間的不均一性や生物間相互作用などの動的要因を加味して解析する新たな研究アプローチを開拓した。モザイク構造をもつ森林生態系の動態や維持メカニズム解明のため、多数の森林研究者と連携し、異なる気候帯における森林を対象に長期大面積調査プロットを設置し、森林動態を解析する指導的な役割を果たした。大面積にわたる樹木の毎木調査を数年おきに行うとともに、送受粉、種子散布、芽生えの発生と生存、デモグラフィー、生物間相互作用などを多様な樹種を対象に徹底的に行い、森林構造、攪乱、生活史、生物間相互作用などが群集の構成や多様性に影響を与えることを明らかにした。また、中静氏が組織した一連の共同研究を通して、多数の若手研究者を育成し、日本の森林生態学研究を世界レベルに引き上げた点も高く評価できる。さらに、中静氏は原生的な森林生態系だけでなく、人為インパクトを受けた森林における生物多様性の変化やその回復過程、森林生態系の持続可能性についても研究を行っている。人の生活がどのように生物多様性に依存し、変化させてきたのか、生物多様性を失うことがどのような影響をもたらしうるのか、多様性を維持しつつ持続的に森林を利用するにはどのような視点が重要か、といった課題について、自然科学と社会科学の両面から切り込む研究も進めている。これらの取り組みは、生物多様性保全に関する科学的枠組みの構築にとどまらず、政策提言のうえでも大きな貢献を果たしている。中静氏が行ってきた一連の研究のインパクトの高さは、論文の被引用回数がすでに2300回を超えていることからも明白である。以上のように中静氏は、温帯林や熱帯林など多様な森林を対象に、森林の動態、樹木の生活史、森林管理方法と生態系サービス、生物多様性維持機構などに関して卓越した業績を残してきており、日本生態学会賞の受賞に十分値すると考えられる。
選考委員会メンバー:辻和希,津田みどり,永田 俊,井鷺 裕司,久米 篤,宮下 直(委員長),宮竹貴久,谷内茂雄,吉田丈人