第10回(2012年)日本生態学会賞受賞者
松田 裕之(横浜国立大学大学院環境情報研究院・教授)
選考理由
松田裕之氏は、進化生態学・個体群生態学・群集生態学における基礎的な課題に対して、主に概念的な数理モデルにより、進化・生態現象の理論的な可能性の追求をおこなってきた。とくにスイッチング捕食が群集の個体群動態を安定化させる効果、天敵特異的防御による捕食相利関係の成立、共進化的に安定な群集構造、進化ダイナミクスの収束不安定性による異型配偶の進化、適応進化が引き起こす自己絶滅など、巧みに知的好奇心を刺激する問題設定と進化生態学と群集生態学の融合の先駆となる理論的研究成果を公表した顕著な研究業績により生態学の理解を深化させてきた。さらに水産資源・野生生物・生態系等の変動要因やその管理に対して、現実的な数理モデルの成果に立脚して、社会との関わりの現場で管理方策の立案や政策提言を積極的におこなってきた。水産資源管理においては、マイワシ・カタクチイワシ・マサバの個体群変動に対する「3すくみ説」を提唱し、野生生物管理においては、エゾシカの爆発的増殖の制御に関して、地域との共同でモニタリングと予測モデルに基づくフィードバック管理を日本で初めて開発・導入することに貢献するなど、新たな研究展開に指導的役割を果たした。またリスク管理の考え方(生態リスク、予防原則、順応的管理)とその具体的な手法を関係者とともに整備し、論文・著書・ホームページ・講演・委員会活動などを通じて、学会のみならず広く社会に浸透させることに尽力した。これらの積極的な活動は、生態学と生態系危機管理の理解に対する啓蒙的役割を果たし、国内外の波及効果も大きい。これらの理論生態学的研究は、Journal of Theoretical Biology, Evolution, Evolutionary Ecologyといった理論・進化学専門誌のみならず、Ecology, Oikosなどの生態学はもとより、水産資源学、環境科学、生態系管理等の海外の英文専門誌に100編を超える論文として掲載され、総被引用件数も2,000を超えている。以上の理由により、松田氏は日本生態学会賞の受賞に十分値すると考えられる。
なお5名の被推薦者のうち、松田氏を含めた3名の方の業績がとくに甲乙の付けがたいものとして議論がなされた。しかし、松田氏については顕著な業績に加えて、生態学の理解に関する啓蒙的役割の評価を考慮して総合的な判断を行った結果、3名のなかでわずかに抜きんでているものと結論された。原則1名の受賞者の枠を考慮し、本委員会は、松田裕之氏一名を受賞候補者として推薦することにした。
選考委員会メンバー:井鷺裕司,久米篤,宮下直,宮竹貴久(委員長),谷内茂雄,吉田丈人,粕谷英一,酒井章子,綿貫豊