日本生態学会

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第18回(2020年)日本生態学会賞受賞者

河田 雅圭(東北大学大学院生命科学研究科・教授)
彦坂 幸毅(東北大学大学院生命科学研究科・教授)
工藤 岳(北海道大学大学院地球環境科学研究院・准教授)


選考理由

生態学会賞には河田雅圭氏、彦坂幸毅氏、工藤岳氏の推薦があったが、いずれも優れた研究業績を上げていると同時に日本生態学会への大きな貢献があることから、3名を受賞候補者として選出した。

河田雅圭 氏
河田氏は、日本における進化生態学導入期から一貫して当該分野のフロンティアおよび日本のおけるオピニオンリーダーとして今日まで活動してきた。河田氏の研究テーマは進化生態学の主流パラダイムの基盤的仮定を検証するものが多い。この目的のため常に最新技術の導入によるブレイクスルーを目指し続けた。初期は、エゾヤチネズミを材料にアロザイムによる集団遺伝構造調査法をいち早く導入し、血縁選択という進化力学と個体群動態力学との相互作用仮説であるChitty-Charnov問題を扱い、国際的に知られるようになった。また、選択や進化の単位に関する哲学的洞察も論文で提示している。次に、個体ベースシミュレーションモデルをいち早く取り入れ、これを武器に、遺伝学、個体群生態学、群集生態学を同時に扱う「生態学内境界領域」的理論的研究を今日に至るまで続け、多数の業績を残している。このなかで「生物の進化能」が主軸テーマに浮上した。とくに生物種の分布決定要因に関し、環境変動下における遺伝子制御ネットワーク内での重複遺伝子の比率の重要性を指摘した研究は卓越している。東北大学異動後は日本では植物に比べ導入が遅れた印象もある次世代シーケンス技術を用いたエコゲノミクスアプローチで上記理論等を検証する研究を、アノールトカゲ、グッピー、トゲウオ、マイマイ、外来植物など多様な材料で精力的に展開した。これらの成果は120以上の著作として発表され、2000回以上引用が記録されるなど国際的に高い評価を受けている。このように河田氏は、論理実証主義的な方法論から技術革新による努力をたゆまず続けてきた王道的研究者といえよう。河田氏の研究をみればその時代の進化生態学の最先端が分かるのである。以上を総合し日本生態学会賞を受賞するに相応しいと評価する。

彦坂幸毅 氏
彦坂氏は、植物における窒素などの資源分配、光などの資源をめぐる種間競争、葉群・樹冠の構造、二酸化炭素に対する光合成および成長応答など、植物生理生態の広範な分野において顕著な業績がある。従来から研究されてきた窒素資源の利用に関して生化学的な観点から解析を行い、光合成の温度順化および光順化において窒素の光合成系タンパク質への配分比率が重要であることを明らかにした。この一連の研究は、植物の光合成研究の分野に大きく貢献した。マクロな観点からの研究も多く行っており、葉群内の窒素分配に関するグローバルなメタ解析や、植物の群落光合成の解析にゲーム理論の概念を世界で初めて取り入れた研究など、研究領域の深化・拡大に大きく貢献する業績を多数挙げている。また、国内外の多数の研究者と共同研究を行っており、大気中CO2濃度増加が植物に及ぼす影響に関しては、自然界でCO2濃度が高くなっている調査地(CO2噴出地)や開放系大気CO2増加実験(Free air CO2 enrichment: FACE)といった大規模な実験系を用いて光合成や種子生産への影響を明らかにしてきた。さらに国際共同研究によるグローバルなレベルの研究として、植物の気孔の最適な挙動を明らかにする研究、植物群落内における形質の種内変異に関する研究などがあり、いずれも極めて高い評価を得ている。これらの研究は、英語原著論文124報などに発表されており、論文の総引用数は14,000回を超えている。生態学会の全国大会にも毎年参加・発表し、数多くの企画集会やシンポジウムも開催し、Ecological Research誌のEditorや大会企画委員として学会運営にも貢献してきた。また国際的にも編集者として多くの雑誌に貢献をしており、OecologiaやPlant Cell & Environment、New Phytologistなど海外誌のEditorial boardを務め、またJournal of Plant Researchの編集長も務めている。指導者として学生や若手研究者の研究を丁寧にサポートし、研究室からは多くの優秀な若手研究者を輩出している。責任著者や共著者としての重要論文も多い。以上のように、彦坂氏は、卓越した研究業績をあげているだけではなく、若手研究者に対する指導力も高く、学術誌の編集や学術集会の企画などの面において、植物生態学・生理学の領域で国内外における大きな貢献がある。今後も活発な研究活動や指導育成が期待されることから、日本生態学会賞の受賞者として相応しいと評価する。

工藤岳 氏
工藤氏は、植物の生活史と繁殖の進化生態、開花フェノロジー、そして植物−送粉者間の相互作用の研究などを、主に北海道に生育する高山植物と落葉樹林帯の林床植物を対象とした野外観測をもとに行ってきた。長期にわたる野外観測によって、雪解け・残雪の量や存在時期が生物間相互作用に与える影響を解析した研究は、世界的にも先駆的なものであり、植物生態学や送粉生態学に大きな貢献を果たしている。高山植生の繁殖フェノロジーに影響を与える残雪は、温暖化によって大きな影響を受けやすいが、工藤氏は地球温暖化・気候変化による融雪時期の早期化が高山帯に乾燥をもたらし、湿性のお花畑が耐乾燥性の高いハイマツ林やチシマザサ群落へ移行していることや、植物の開花フェノロジーとマルハナバチなど送粉者の訪花時期のタイミングがずれ、植物の繁殖パフォーマンスが低下していることを世界に先駆けて報告している。また、温暖化の影響については、野外観測に加えて、落葉樹林林床において20年間に及ぶ積雪の除去実験、お花畑に侵入したササの除去実験、高山植生の温暖化実験などの操作実験も行い、温暖化が植生にもたらす影響について明らかにしているほか、北半球に広がるツンドラ植生に温暖化が与える影響についてもメタ解析を国際共同研究で行っている。工藤氏は、長らく行ってきたこれら一連の研究を通して、生態学の深化をはかるとともに、指導的な役割を果たしており、論文の被引用回数も5000回を超えている。以上のことから工藤氏は日本生態学会賞を受賞するに相応しい研究者であると評価する。

選考委員会メンバー:井鷺裕司、北島薫、東樹宏和、内海俊介、岡部貴美子、三木健(委員長)、佐藤拓哉、辻和希、半場祐子

なお、選定理由紹介順は応募(推薦)順である。

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