日本生態学会

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第10回(2006年) 日本生態学会宮地賞受賞者

相場慎一郎(鹿児島大学理学部地球環境科学科)
加藤元海(愛媛大学沿岸環境科学研究センター)


選考理由

相場慎一郎氏

 相場氏は,屋久島の照葉樹林やボルネオ島の熱帯雨林を対象として,10年以上にわたる継続的研究をおこなってきた.樹木の形態やアロメトリーと生活史特性やデモグラフィーとを関連づけ,樹木の多様性維持に関するすぐれた考察をおこなった.ボルネオ島では,栄養塩レベルの異なる基質と標高の違いを利用して,個体群の動態を栄養循環や温度条件の変化と組み合わせて解析している.貧栄養の基質では,樹木の多様性や生産力が低くなると同時に,森林の垂直分布が圧縮された形になる.森林の生産力は,樹木の成長速度と関係があるものの,樹木の死亡率や新規加入速度との関係はうすい.しかし,樹木の多様性はむしろ,個体群の回転速度と相関をもつことを実証的データで示した.こうした知見は地球温暖化などの予測にも重要な示唆を与えている.
 これらの研究成果は,Journal of Ecology,Plant Ecology, Ecological Researchなどの国際誌21編に発表されている.  相場氏は,個人で実施がむずかしい大規模な野外研究を共同研究によっておこなっているが,この共同研究の中でも主体的に研究をおこない,積極的に成果を公表してきたと評価できる.また,基礎的な研究を長期にわたり継続して重要な成果を得たことも評価したい.
 以上のように,相場氏は,長期にわたって森林生態系における物質循環と樹木の個体群動態にかかわる研究を実施し,すぐれた成果を得ていることから,宮地賞の候補として最適であると評価し,ここに推薦する次第である.

加藤元海氏

 加藤氏は,人為的撹乱に対する生態系の反応について研究を進めており,理論と野外研究を融合した研究を精力的に展開している.とくに,湖沼生態系の富栄養化にともなう水質の変化に注目した研究が興味深い.湖沼では,人間生活の結果として栄養塩負荷が増加し,水の澄んだ貧栄養状態から,突然アオコが大発生する濁った状態に富栄養化することがある.この不連続的な富栄養化が起こると,水質の回復はしばしば非常に困難になるため,不連続的な富栄養化についての予測は湖沼生態系を保全管理するうえで重要である.加藤氏は,シミュレーションに用いるパラメータとして野外観測や実験にもとづく実測値を用い,適用範囲が広く,予測精度の高い簡潔明瞭な湖沼生態系モデルを開発した.その結果,富栄養化が起こる可能性は湖沼の水深と密接な関連があり,とくに中程度の水深をもつ湖沼で不可逆的な富栄養化が起きやすく,いったん富栄養化が進むと水質の回復がもっとも困難になることを明らかにした.
 これらの研究は,基礎研究として質が高いだけでなく,具体的な保全を指向した応用研究として価値の高いものとなっている.研究の成果は,Ecology, Proceedings of the Royal Society of London, Oikos, Theoretical Population Biology, Ecological Researchなどに12編の論文として掲載されている.
 以上のように,加藤氏は,個々の湖沼において実際の保全管理に直接適用できる生態モデルの構築にすぐれた業績をあげており,宮地賞の候補として最適であると評価し,ここに推薦する次第である.

選考経過
 今回は6名の方から応募あるいは推薦があった.応募者あるいは被推薦者の年齢幅は30歳から36歳で,前回(29歳から32歳)に比べてやや広くなった.6名のうち2名は助教授の職についていたが(35歳と36歳),ほかの3名は博士研究員(COE研究員をふくむ.30歳,32歳,36歳),残りの1名は不明(30歳)だった.
 6名のうち,他薦は2名,自薦は4名だった.研究対象は,森林生態系を扱うものが2件,水域生態系をあつかうものが2件,特定植物種を対象としたものが2件だった.自薦の1名については,応募書類の中で,受賞対象となる研究内容の具体的な記述がほとんどなく,論文目録も別刷もつけられてなかった.インターネットなどを通じて調べた結果,おそらく論文は存在しないものと思われた.審査委員会の段階では調査不能と判断され,今後このような応募があった場合は,事務局段階で応募者に直接確認するのが望ましいだろうとの判断がなされた.
 選考は,候補者の研究業績を1名ずつ吟味し,発表されている論文の質と量,研究の独自性や発展性などについて検討した.候補者を絞るにあたって,分野にかたよりが生じないように配慮すべきという意見がある一方,その点は考慮する必要がなく,あくまでも研究業績の内容を問うべきという意見があった.また,学位取得後まだ常勤の職についていない研究者を優先した方がよいのでは,という意見もあった.これらの点について深い議論をすることにはならなかったが,研究業績を中心に検討した結果,2名に絞られた候補者の研究対象は大きく異なっていた.また,2名のうち1名は定職についており,もう1名は博士研究員だった.
 候補者を2名に絞る過程に大きな困難はなかった.候補となった2名の研究は,研究内容の独自性や汎用性,研究の取り組みへの主体性などの点でほかの候補者の研究よりも明らかにすぐれていた.研究の独自性とは,視点や方法の斬新さであり,汎用性とは,研究内容が特定の狭い分野に限られず,広く適用可能であることを意味している.取り組みへの主体性とは,たとえば共同研究の場合,当事者の積極的な役割が明確であることである.2名のうち1名(相場慎一郎)は,森林生態系における物質循環と樹木の個体群動態にかかわるすぐれた長期研究を展開しており,もう一名(加藤元海)は,湖沼生態系で実際の保全管理に直接適用できる生態モデルの構築にすぐれた業績をあげている.
 近年,若手研究者の質の向上はめざましいものがある.研究成果が海外の一流誌に掲載されることは珍しいことではまったくない.今回,候補に選定されなかった研究者の多くもその例にもれず,研究の質が低いわけでは決してない.今後,研鑽を積む中で,また後日,宮地賞にぜひ応募してほしいと願っている.
 一方,大学院重点化にともない,最近,博士研究員を中心に若手研究者の数は急増している.そうした中で就職をめぐる競争は,生態学研究者の間だけでなく,異なる生物学諸分野の研究者との間でも熾烈をきわめている.宮地賞が生態学の若手研究者を励まし,よりよい研究をおこなうことを促進し,結果として職を得ることに貢献すれば幸いである.そのためには,今後も賞の選考を厳正におこない,賞の存在価値を高めていく必要があると思われる.

選考委員会委員(五十音順):占部城太郎,粕谷英一,工藤 岳,中静 透,東 正剛,樋口広芳(委員長)

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