日本生態学会

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第12回(2008年) 日本生態学会宮地賞受賞者

石井博(東京大学大学院農学生命研究科)
鏡味麻衣子(東邦大学理学部生命圏環境科学科)
沓掛展之(総合研究大学院大学先導科学研究科)
森田健太郎(水産総合研究センター北海道地区水産研究所)


選考理由

石井博氏
 石井氏は、虫媒花植物と訪花昆虫の相互作用を研究し、送粉生態学の分野で、花の寿命、花序内の花の性比、花被の大きさ、訪花昆虫行動にかんして、野外実験や室内実験により多角的に研究し、それを一般理論として捉えようとする意欲的な研究を続けている。特に、個々の訪花昆虫が同じ種類の花を連続で訪れるという「定花性行動」を解明するため、昆虫の視覚や記憶メカニズムの制約という至近要因と究極要因の関係、昆虫の適応戦略が植物の繁殖に与える作用の解明という、訪花昆虫の動植物相互作用という研究分野を超えた課題に意欲的に取り組んでいる。彼の研究成果はFunctional Ecology、American Journal of Botany, Evolutionary Ecology, Behavioral Ecology and Sociobiologyなどの一流の学術誌に多大の貢献をなし、9報で70回の被引用件数を数え、関連研究者に極めて高く評価されている。毎年コンスタントに論文を発表し、東北大で学位取得後、北大、カルガリー大学、東京大学と研究拠点を移動しながら、確実に業績を残している理論と野外研究の両面にわたる研究実績は高く評価される。
 以上の諸点から、宮路賞候補に相応しい候補者として推薦する。

鏡味麻衣子氏
 鏡味氏は富栄養化に伴う湖沼生態系の食物網の変化の研究の一環として、ツボカビが大型植物プランクトンに寄生し、ツボカビを動物プランクトンが捕食することによって食物連鎖に組み込まれるという経路を発見し、Mycoloopと名付けた。これは、これまでの物質循環のスキームに新たな物質の流れの経路を加えるものであり,内外の報道でも注目されたという。実験と野外調査をともに担ってきた点を含めて、その独創性は高く評価できる。論文はProc.Royal Society London B, Limnology and Oceangraphyなどの一流誌に掲載されており、この概念の定量化のために蛍光染色などの細胞生理的手法など多様な技術を駆使した研究姿勢を含めて、その独創性と将来性を評価する。
 以上の諸点から、宮路賞候補に相応しい候補者として推薦する。

沓掛展之氏
 沓掛氏は霊長類・哺乳類の行動生態学者として優れた研究成果をあげ、宮地賞の歴史に新たな研究分野を加えることができた。霊長類の繁殖行動における対立解決行動の比較生態学研究では、霊長目31種について同種雄間の群れサイズと繁殖成功の偏りと群れサイズの関係を明らかにした世界で初めての成果をあげた。PrimatesやAmer. J. Primatologyなどの霊長類学の一流誌に掲載されており、Primatesに出した論文は同誌の中で格段に高い被引用件数を勝ち得ており、通算して19報で50件近い引用を得ている。ミーアキャットを対象とした協同繁殖における血縁個体間の繁殖の偏りは、さまざまな敵対行動の産物であることを明らかにし、哺乳類の繁殖行動学の分野に新たな知見をもたらした。また、この1年間の業績の進展も目覚ましいものがある。
 以上の諸点から、宮路賞候補に相応しい候補者として推薦する。

森田健太郎氏
 戦後、わが国の河川には土砂管理のための砂防ダムが多数建設されてきた。砂防堰堤は河川を分断化するため、そこに生息する魚類に多大な影響を及ぼしていると考えられる。森田健太郎氏は、北海道の河川において優占種であるイワナなどを対象にして、砂防堰堤建設による生態リスクを調べた。砂防堰堤の建設後、イワナの生息密度は低下するため、成長増大に伴う早熟化が進行し、回遊性が喪失することが明らかとなった。移動性や成長率については、遺伝的な変化も確認された。砂防堰堤は群集構造にも影響を及ぼすため、イワナの生態的地位が変化し、それに適応して食性や顎形態が変化することも示唆された。また、個体群動態のコンピュータシミュレーションによって、砂防堰堤建設の30年後から絶滅リスクが増大することを明らかにした。さらに、野外における生息状況の調査からも、生息場所が狭く、砂防堰堤の設置年代が古い場所ほどイワナの生息確率が低くなることを解明した。野外研究と理論研究をともにこなし、進化生態学の基礎研究から保全に関する応用研究までをEvolution、Conservation Biology、Journal of Applied Ecology、Canadian Journal of Fisheries and Aquatic Sciences、Ecological Modellingなどの一流の学会誌に次々に出し続け、彼の主要な論文20報の被引用回数は延べ170回以上に達する。サケ科魚類の保全の重要性を科学的にアピールし続けた彼の研究活動は高く評価できる。
 以上の諸点から、宮路賞候補に相応しい候補者として推薦する。

<選考経緯>
 今回は7名の自薦・他薦の応募者に恵まれた。全員が優れた業績をあげており、過去の受賞者と比べても、絶対評価としては全員が受賞対象といえるのではないかという意見が多かった。その意味では、本賞は本学会において優れた若手研究者を顕彰する登竜門として、完全に定着したと評価できるだろう。「原則として3名」を選ぶという趣旨を踏まえ、候補者を3名に絞る努力を重ねたが,上記4名はいずれも候補者の条件を十分に備えていると評価され,4名とも候補者とすべきであるとの意見で一致した.
 今回候補者に残らなかった応募者も、別の年に応募すれば十分候補者に残ったかもしれない。また、今後さらに業績を積み重ね、最近出した論文が被引用度指数を増した未来を評価すれば、十分に候補者に残ると期待できる応募者もいる。本委員会としては4名に絞らねばならなかったことを残念に思う。
 今回の候補者も、以前にも応募して落選した経験を持っている。今回候補者に残らなかった応募者も、大変優れた成果をあげている。さらに成果を重ねて、繰り返し応募されることを期待する。
 選考過程において、選考委員にきわめて多忙な委員が多く、論文を精査して評価することに限界があった。外部レビューを行えば、この問題は解決するものと思われる。

選考委員:松田裕之(委員長)、粕谷英一、河田雅圭、工藤岳、齊藤隆、柴田銃江、杉本敦子、竹中明夫、東正剛

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