第16回(2012年) 日本生態学会宮地賞受賞者
内海俊介(東京大学大学院総合文化研究科広域システム科学系)
原野智広(九州大学大学院理学研究院生物科学部生態科学研究室)
三浦 収(高知大学総合研究センター・特任助教)
選考理由
内海俊介氏
内海俊介氏は、可塑的な植物の被食応答が、植物を利用する昆虫群集にどのような影響を与えるのかという研究に取り組んできた。ヤナギの被食応答が、植物の間に資源の不均一性を生み出し、それが植食者群集の種数を増加させ、種構成に影響を与えることを明らかにした。さらに、その影響が捕食者群集までにも及ぶことを示した。この研究テーマを地理的変異と植食者の進化を含めたものへと発展させ高く評価されている。とくにヤナギの捕食者群集の多様性と被食応答の間に正のフィードバック効果が働き、それが植食者の形質進化を促進することを野外調査と量的遺伝学を駆使した綿密かつ丹念な飼育実験によって明らかにした。これらの蓄積された膨大な研究データは2008年から2011年にかけて怒濤のごとく公表され、4年間の間にEcology Letters, Proceedings of the Royal Society B, Oikos, Journal of Animal Ecology, Population Ecologyなどの国際誌に16本の論文として掲載され、総引用数は58回を数える。野外調査・実験、室内実験等を組み合わせて行われているこれらの研究は、調査手法としては目新しいものは少ないものの、これまでにない植物と食植者の相互作用の進化的基礎と群集構造の関係という新しい着眼点と周到な研究デザインと分析手法によって、海外からも注目される研究となっている。原著論文の執筆のほか、シンポジウムの企画や日本生態学会での総説の執筆もしており、今後この分野をリードしていく可能性の高い若手研究者である。以上の理由により、内海氏を日本生態学会宮地賞の受賞者として相応しいと判断した。
原野智広氏
原野智広氏は、メスが複数のオスと交尾するのはなぜかという古くからある問題、メスとオスの性的対立という比較的新しく注目を浴びている問題についてアズキゾウムシをおもな対象として研究してきた。一貫して室内実験で、仮説を緻密に検証するアプローチで研究を展開している。原野氏は、アズキゾウムシにはメスに交尾相手数に関する遺伝的な変異があるという研究上有利な特徴があることを実証した。この有利性を活かした綿密な実験と検証される仮説の対応は、よく考えられたもので、国際的な水準でも高いレベルにあると評価できる。最近では、近親交配が生活史や繁殖形質に及ぼす影響の緻密なデータ、雌雄の性的対立、つまり一方の性にとって有利な形質が他方の性にとって不利になるという現象が遺伝子レベルでも解消されていない実態について甲虫を使った飼育実験により明らかにした。これらの研究成果は、Current Biology, Animal Behaviour, Heredity, Population Ecology, Ecological Research, Journal of Insect Physiologyなどの国際誌に12本の論文として掲載され、総被引用数は86回を数える。地味で目立ちにくい研究であるが、綿密な実験計画に基づいたデータ解析と結果の緻密な解釈により堅実に業績を重ねており、行動生態学の分野で国内外において注目されている。生態学会では企画集会の開催をはじめ、多くの生態学関連の学会のシンポジウムで講演している。以上の理由により、原野氏を日本生態学会宮地賞の受賞者として相応しいと判断した。
三浦 収氏
三浦収氏は、巻貝とその寄生者である吸虫を研究対象とし、生物間相互作用、侵入動態・共種分化など幅広い研究に取り組んできた。巻貝と寄生者の関係にかかわる研究では、寄生者である吸虫が、宿主である巻貝の形態や行動を変えることで、宿主巻貝の増殖や資源利用に影響を与える可能性を示した。また近年北米で増加している外来巻貝が日本から輸出されたカキに混じって侵入し、その外来巻貝に寄生する隠蔽種となる2種の吸虫の分散が宿主の侵入とどう関係するかを明らかにした。さらにパナマ地峡に分布する巻貝20種の系統関係を明らかにし、パナマ地峡の形成の影響が巻貝の空間利用の様式によって異なる可能性を示した。以上の研究成果は、Proceedings of the Royal Society B, PNAS, Molecular Phylogenetics and Evolution, Ecological Research など10本のインパクトファクターの高い国際生物学雑誌に掲載され、その被引用回数は105を数える。三浦氏が現在取り組んでいるパナマの巻貝と寄生虫の共種分化研究は今後の研究の発展が期待されるものだが、一方でこれまで農獣医学的観点から主に研究されてきた寄生虫に関して、生態学的なアプローチで研究を進める数少ない日本人研究者でもある。その研究スタイルは、緻密でスケールの大きな野外調査と分子系統解析を組み合わせることに最も特徴がある。今後も、寄生虫と巻貝に関する研究で重要な研究成果を次々とあげていくことが期待される。以上の理由により、三浦氏を日本生態学会宮地賞の受賞者として相応しいと判断した。
選考委員会メンバー:井鷺 裕司,久米 篤,宮下 直,宮竹貴久(委員長),谷内茂雄,吉田丈人,粕谷英一,酒井章子,綿貫豊