日本生態学会

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第24回(2020年) 日本生態学会宮地賞受賞者

末次 健司(神戸大学理学研究科)
石川 麻乃(国立遺伝学研究所 ゲノム・進化研究系 生態遺伝学研究室)
門脇 浩明(京都大学 学際融合教育研究推進センター森里海連環学教育研究推進ユニット/フィールド科学教育研究センター)
山道 真人(東京大学 大学院総合文化研究科/クイーンズランド大学 生物科学部)


日本生態学会宮地賞には7名の自薦・他薦があった。これまでの研究業績を当該分野での学術的貢献だけではなく生態学全体への波及効果も考慮して評価するとともに、学会への貢献等も総合的に評価し、特に優れている、末次健司氏、石川麻乃氏、門脇浩明氏、山道真人氏の4名を選出した。

今回惜しくも受賞に至らなかった応募者も、今後研究をさらに深化させ、再チャレンジしてほしいとの委員全員からの期待についても強調したい。また、今回の受賞者は偶然にも4人とも2015年の奨励賞受賞者ではあるが、奨励賞受賞は宮地賞受賞に対して有利にも不利にもならないことを注記したい。

選考理由

末次 健司 氏
末次氏は、菌従属栄養植物を主要な研究対象として精力的な解析を行っており、すでに発表業績は国際誌125編にのぼっている。菌従属栄養植物は、目立たないものが多いため基本的な種の記載や分布情報も十分ではない。末次氏は菌従属栄養植物の探索を精力的に行い、新種の記載や混乱していた分類群の整理、分布状況の解明と論文による報告を行い、理解が不十分であった多くの分類群の実体を明らかにしている。末次氏の優れている点はこのような記載研究にとどまらず、一般性の高い新規な発見に基づくインパクトの高い研究も多く行っている事である。菌従属栄養植物の多くは薄暗い林床に生育しているが、ただ単に栄養を菌類に頼るだけではなく、ユニークな方法で送粉者や種子散布者を確保していることを発見している。たとえば、送受粉に関しては、菌従属栄養性のラン科植物が、送粉者の引きつけにも菌類の子実体を利用していること、遠縁の複数系統の菌従属栄養植物において、カマドウマが果実を摂食し、その糞を介して種子散布が行われること、一般に微少な種子が風によって散布されるラン科植物の中で、菌従属栄養植物ツチアケビは赤い果実で鳥を引きつけ、種子が果肉ごと鳥散布されることなど、野外観察をもとに驚くべき発見をつぎつぎと行ってきた。更に、同位体分析やRNA-seqなど最新の手法を活用して菌従属栄養植物の物質動態や遺伝子発現の比較研究も行っている。末次氏の解析対象は菌従属栄養植物にとどまらず、植物の送粉系や生物の様々な散布様式についても、たとえばナナフシ類が鳥に摂食されることによって体内に含まれている自らの卵を散布させているという仮説の提唱など、独創的な研究を続けている。以上のように末次氏は、野外探索、形態観察そして最新の解析手法などを縦横に活用して、分類群の実体に関する多数の記載的な研究と、生物の適応進化の実態にせまる独創性の高く興味深い解析を行い、菌従属栄養植物をはじめとした多くの生物の実体、進化、適応様式を明らかにしている点で、宮地賞を受賞するに相応しい顕著な業績をあげていると評価する。

石川 麻乃 氏
石川氏はトゲウオ科魚類やアブラムシ類をモデルとして、生活史の多様化を多角的に解明してきた。形態、生理、行動に関わる形質が複雑に作用して進行する生活史の進化は、分子遺伝学的な機構の理解なくして包括的に論ずることができない。生態学および進化学における深い洞察力と分子遺伝学を自由自在に扱う能力を兼ね備えた石川氏による一連の研究は、その重厚さにおいても成果の重要性においても、第一級の価値を有している。中でも、海水域から淡水域へのトゲウオ類の進出において、不飽和脂肪酸ドコサヘキサエン酸 (DHA) 合成酵素 Fads2のコピー数が鍵となっていたことを示した研究は、進化生態学だけではなく、生理学や分子遺伝学における記念碑的な業績である。また、適応的分化の中核となる適応形質の遺伝子発現量調節について、近位変異(発現する遺伝子の近傍に入る変異)と遠位変異(ゲノム内の離れた位置に入る変異)の重要性や特性を比較した論文も、進化生態学における根本的な課題に取り組んだ重厚な成果である。魚類という、取り扱いが難しく、飼育や遺伝学的研究に膨大な時間と労力がかかる研究対象をベースとしながらも、極めて質の高い研究論文を多数出版している手腕は、驚異的と言える。国際会議における招待講演もすでに6回行っており、国際的に名前が売れていることが伺い知れる。日本生態学会においても招待講演や企画集会の取りまとめなどを通じて活発に活動している。若手研究者のリーダー的な存在として、自身でさまざまな組織や企画を立案するだけではなく、2018年からは将来計画委員として、学会の運営にも積極的に関与している。研究能力およびリーダーシップの両面において傑出した存在であり、今後のさらなる活躍が期待され、宮地賞を受賞するに相応しいと評価する。

門脇 浩明 氏
門脇浩明氏は群集生態学における多岐にわたる課題に対して細菌から菌類、原生動物、植物まで幅広い生物群集を材料に実験生態学的なアプローチにより研究を進めている。このような多角的な題材を実験対象にできる研究遂行能力は驚くべきものである。特に2018年に発表された、門脇氏が主導した菌根菌の野外操作実験においては、植物‐土壌フィードバック研究分野において世界に類を見ない画期的な実験デザインと実験結果を得たものである。従来、短期で結果が出やすい植物単独種ごとの単純な実験ばかりが優占していた当該分野において、多種の樹木によって土壌の微生物群集の条件付けを行い、その土壌において植物の応答を計測する、という非常に労力のかかる実験設定による大規模操作実験を行った。そして、林分レベルで生じうる植物―土壌間フィードバックの符号(正か負)が、植物種と土壌微生物の種ごとのペアで異なるという予測性の低いパターンではなく、菌根菌タイプ(アーバスキュラーvs外生菌根)で異なるという一般性・予測性の高い結果を得た。また、同2018年に発表されたReview論文では、これまで独立に発展してきた群集集合理論とレジームシフト理論を相補的に融合する新アプローチを提示し、生態系状態の急変化を考慮に入れた生態系回復に関する新たな指針を発表した。これらを含む研究成果は22報の査読付き論文として発表されるとともに多くの著書も記している。日本生態学会大会や近畿地区公募集会等で数多くの企画や発表を行っており、門脇浩明氏は今後も群集生態学分野での活躍が大いに期待できる優秀な研究者であり、宮地賞を受賞するに相応しいと評価する。

山道 真人 氏
山道氏は、主として生態―進化動態(Eco-evolutionary dynamics)に関してさまざまな角度から詳細な理論的検討を重ねた研究を展開している。生物の実際の適応メカニズム、遺伝的基盤、集団動態を明示的に考慮して理論モデルの独自の拡張を図るというのが山道氏の研究アプローチの一つの特徴で、複雑な動態のパターンや帰結に関する理解を深める上で貢献をしている点が高く評価される。たとえば、2016年に発表された論文では、捕食―被食系の共進化の動態について、それぞれの形質の遺伝基盤が量的遺伝とメンデル遺伝というように非対称である場合について仔細に検討した。そして、捕食者の進化速度が速いときに捕食者自身の絶滅を招くことを発見した。また、保全生物学と進化生物学をつなぐ領域で近年注目される進化的救助についても重要な研究成果をあげている。2015年および2019年に発表した論文は、これまでもっぱら1種の動態を対象に検討されてきた進化的救助において、迅速な適応進化がもたらす群集での波及効果を考慮することの重要性を一早く示した研究である。そして、被食者の適応進化が捕食者の絶滅を防ぐ「間接進化的救助」の理論を構築した。さらに、複雑なフィードバックを対象とする実証的な生態学研究に対して、数理モデル解析を組み合わせることで質の高い研究成果をあげていることも高く評価できる。これらの顕著な研究業績に加えて、日本生態学会誌における解説記事の連載、保全誌における論文発表、各種研究集会の企画、というように日本生態学会の活性化に対して多大なる貢献をしている。以上のように、山道真人氏は生態学の優れた研究者であり、日本生態学会宮地賞の受賞者として相応しいと評価する。

選考委員会メンバー:井鷺裕司、北島薫、東樹宏和、内海俊介、岡部貴美子、三木健(委員長)、佐藤拓哉、辻和希、半場祐子

なお、選定理由紹介順は応募(推薦)順である。

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