日本生態学会

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第29回(2025年) 日本生態学会宮地賞受賞者

阪口 翔太(京都大学大学院人間・環境学研究科)
曽我 昌史(東京大学)
宮川 一志(宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター)


選考理由

自薦11名、他薦1名の応募がありました。審査にあたっては、応募者の研究の新規性、主導性、波及効果を中心に評価しました。これに加えて、発表論文数や被引用数、日本生態学会における活動も参考にしました。結果として、他の応募者と比べひときわ高い評価を集めた阪口翔太氏、曽我昌史氏、宮川一志氏を候補者として選出しました。

阪口翔太 氏
阪口氏は、様々な植物種を対象に、遺伝的多様性、系統地理、種分化、繁殖生態、保全遺伝といった幅広いテーマで研究を行い、数多くの成果を挙げてきた。広範囲で丁寧な野外採集・観察と最先端のゲノミクス・集団遺伝学的手法を組み合わせた研究スタイルが特徴である。たとえば、アキノキリンソウ種群をモデルとした研究では、生息地の違いが生態的多様化や種分化にどのように影響を与えるかを系統地理・集団遺伝学的アプローチで解明した。特に、蛇紋岩地帯への適応に関しては、早期開花が集団分化の重要な要因であることを、野外のフェノロジー調査、相互移植実験、人工交配、形態計測、遺伝解析を組み合わせることで詳細に明らかにした。また、阪口氏の研究の特徴として、世界各国にわたる広範な国際ネットワークがあげられる。例えば、オーストラリア大陸の広範囲に分布するヒノキ科針葉樹(Callitris columellaris複合種)に関する研究では、日豪の研究者と協力してオーストラリア全域から収集したサンプルを用いている。このサンプルを元に、遺伝解析や生態ニッチモデリングを行い、この種群の集団デモグラフィと分布が、人類による火災レジームの変化ではなく、最終氷期の乾燥化により強く影響を受けたことを推定した。このように多様で先端的な国際研究を精力的に行っているだけでなく、近畿地区委員やEcological Research誌の編集委員・幹事を務め、特集号の編集などを通じて学会運営にも大きく貢献している。以上のように、阪口氏は精力的に先端的研究と学会運営を推進しており、今後も生態学分野でのさらなる活躍が期待されることから、宮地賞を受賞するに相応しいと評価する。

曽我昌史 氏
曽我氏は、人と自然の相互作用の解明をテーマとした研究において顕著な成果を挙げている。社会学的手法を用いた実証研究や系統的レビューなどにより、自然体験が人々の健康や地域コミュニティの形成、自然に対するポジティブな認識・態度・行動を促進しうること、しかし一方で、世界各地で人々の自然体験は減少しつつあり、その影響は世代を超えてさらに波及する恐れがあることを明らかにしてきた。一連の研究は多数の英語論文として出版され、自然体験の消失が、人の社会と生態系が調和した自然共生社会の実現を妨げる主要な因子であることを説得力を持って示している。この問題に対し、人々の自然体験を促進するための戦略も提案してきた。さらに、人と自然の相互作用に関する新たな概念や仮説を示す展望論文・総説論文を数多く出版することで、未だ新しい当該分野の基盤形成に寄与している点も特筆すべきである。曽我氏は、主に都市生態系を対象とした研究成果により2018年に第6回鈴木賞を受賞しているが、その後、自身の研究対象を人やその社会にまで拡張し、人と自然の相互作用に関する基本的理解を深め、社会課題の解決にも役立つ知見を得てきたことは高く評価される。日本生態学会においても多数の講演や集会開催の実績があり、分野の普及と生態学コミュニティの活性化に貢献している。このように曽我氏は、独創的かつ精力的な研究活動により生態学の新たな領域を開拓し、後続研究に影響を与える優れた成果を挙げていることから、宮地賞を受賞するに相応しいと評価された。

宮川一志 氏
宮川氏は、ミジンコの環境依存型性決定や誘導防御などの表現型可塑性の分子機構の解明を基軸にして、進化発生学および生態学において重要な成果をあげてきた。特にミジンコの表現型可塑性における幼若ホルモンの調節機構について複数の重要な発見をした。ミジンコが概日時計を用いて日長を感受し幼若ホルモン経路に情報を出力することでオスを産生していることを明らかにした。さらに、昆虫類とミジンコで幼若ホルモン受容体Metの機能は保存されており、標的遺伝子Kr-h1の制御領域の変異が機能分化をもたらしていること、ミジンコKr-h1の母性mRNAが伝達され発生最初期に働くという新機能を持つことを明らかにした。幼若ホルモンシグナルを構成する受容体Metをミジンコより単離し、リガンドとなるJH特異的補因子とヘテロ二量体化する条件を解析し、内分泌撹乱がMetを標的として起こっていることを示唆する結果を得た。これらの発見を基に進化生態学や環境科学における課題にアプローチし、44報の論文を発表している。日本生態学会においても、分子生物学会との連携シンポジウムを企画・開催するなど、積極的な活動を行っている。表現型可塑性は、変動環境に対する適応の重要な結果であり、そのメカニズムの解明は生態学の重要な課題に位置づけられる。宮川氏は、今後、この領域を国際的にリードし、生態学に新たな展開をもたらすことが期待される。以上のように、宮川氏はその研究レベルの高さにおいて、日本生態学会宮地賞の受賞者に相応しいと評価した。

選考委員会メンバー:鈴木俊貴、鈴木牧、辻かおる、門脇浩明、瀧本岳(委員長)、深野祐也、工藤洋、深谷肇一、山口幸

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