第5回(2012年) 日本生態学会大島賞受賞者
石井弘明(神戸大学農学部)
半谷吾郎(京都大学霊長類研究所)
選考概要
石井弘明氏は林冠生態学の研究分野において優れた解析技術を駆使して長期間かつ広範囲な研究を展開してきた中堅研究者である。林冠生態学においてはタワーやクレーンを利用した大規模研究が世界的に展開されるなか、これとは別に単木にロープを利用して研究者自身が登って作業し、樹木の1個体全体を対象として研究するという方法がある。ロープによる登攀(とうはん)は基本的にシンプルかつ非破壊的であり、経済性や柔軟性に優れているが、大規模施設設置の場合とは異なり、個人の登攀技量が優れているほど、その研究範囲が広がるという特徴がある。石井氏はその高い登攀技術の裏付けによってその生態学的な研究範囲を大幅に広げ,自分自身を活用した林冠研究を推進し,世界的なフィールドモニタリング研究を実践してきた。樹高100mのセコイアメスギに登り、樹上の生理生態学的測定を行い、樹高成長の制限要因の解明につながる貴重なデータを蓄積し公表した。北米の温帯針葉樹林での研究や、屋久島・北海道の針甲混交林において、樹上に滑車を設置して定期的に調査を行う「林冠の固定プロット」を設置し、森林群落の垂直構造とその動態についての研究を行っている。今後も長期観測プロットとして維持されることで、世界的にもユニークな研究成果が産み出されることは確実であろう。それらの研究成果は、Oecologia, Canadian Journal of Forest Research, Ecological Research, Plant Ecologyなど生態学の幅広い国際誌に掲載され、総被引用回数は440になる。さらに研究発表活動も非常に活発であり,根や土壌動物に関する詳細な研究,人工林管理手法,都市近郊林における植生管理など,幅広い分野においてレベルの高い研究活動を進め、森林生態学の他にも樹木生理および保全生態学の幅広い分野においても着実な業績を積み重ねている。以上の理由により、石井氏を日本生態学会大島賞の受賞者として相応しいと判断した。
半谷吾郎氏はヤクザルを中心に霊長類の野外における生態学の研究を20年程続けてきた。ヤクザルの年間の食物総量とその季節性が長命な動物の個体数制限に及ぼす影響、ヤクザルの屋久島における上部と下部の生態的特性の比較解析、標高によるニホンザルの密度の違いの解析、さらには霊長類の熱帯と温帯における研究のメタ解析など、霊長類という大型ほ乳類の野外における生態学的な研究を発展させた。また果実という森林の生産性の年総量と季節性が長命な動物の個体群動態とどうかかわるかについてキャピタルとインカム生活者で異なるであろうという新しい視点をもたらしたことも高く評価される。さらに半谷氏は、1989年から継続されているヤクザル調査隊に1993年から参加し、1995年以降事務局を務め、毎年40名程度、のべ1000人以上の学生の参加する調査のマニュアル整備や調査実施などの運営を牽引してきた。以上の研究活動の成果は、Ecography, Ecological Researchといった生態学の国際誌のほか、International Journal of Primatology, American Journal of Primatology, Primatesといった霊長類関係の標準的国際誌に26編、和文2編の原著論文として発表しており、総被引用総回数は196になる。生態学会におけるシンポジウム企画も含め、若手育成への貢献も評価される。以上の理由により、半谷氏を日本生態学会大島賞の受賞者として相応しいと判断した。
選考委員会メンバー:井鷺 裕司,久米 篤,宮下 直(委員長),宮竹貴久,谷内茂雄,吉田丈人,粕谷英一,酒井章子,綿貫豊