第6回(2018年) 日本生態学会奨励賞(鈴木賞)受賞者
佐橋 玄記(東京大学大学院農学生命科学研究科)
曽我 昌史(東京大学大学院農学生命科学研究科)
角田 智詞(German Centre for Integrative Biodiversity Research (iDiv) Halle-Jena-Leipzig)
日本生態学会奨励賞(鈴木賞)には10名の応募があった。受賞に値する優秀な応募者が多く選考は容易ではなかったが、これまでの研究業績と自立性、今後の研究発展への期待を総合的に評価し、特に優れていると評価された佐橋玄記氏、曽我昌史氏、角田智詞氏を受賞候補者として選定したことを報告する。選考に漏れた応募者には、ぜひ再度の応募を促したい。
選考理由
佐橋 玄記 氏
佐橋玄記氏は、サケ科魚類を対象に生活史の多型や形態の地理的パターンを生む生態学的要因を研究してきた。サケ科魚類には生活史二型があり、河川での初期生活史において体サイズの大きな個体が河川残留型に、小さな個体が降海型になることが知られている。佐橋氏は、アメマスとサクラマスを対象にした研究で、海からの距離が遠い支流の集団や海からの遡上の途中に滝がある集団など、降海個体の遡上コストが大きな集団では体サイズが小さくても河川残留型になりやすいことや、降海型を繁殖個体として選択的に用いる増殖放流魚では体サイズが大きくても降海型になりやすいことなどを明らかにした。また、カラフトマスの研究では遡上個体の形態が海から繁殖場所までの距離に依存することを示した。これらは自然選択、人為選択が生活史多型や形態の地理的パターンを形作ることを大規模な調査により実証した、秀逸な研究である。佐橋氏は、河川本流、支流を調査単位とし広い地理的スケールで研究を展開しているが、調査のデザインを工夫することで頑健性の高い結果を得ていることも特筆に価する。一連の成果は、Proceedings of the Royal Society B誌、Oikos誌、Canadian Journal of Fisheries and Aquatic Sciences誌などの国際誌に11編の論文として掲載されている。以上のように佐橋玄記氏は今後の活躍が大いに期待される若手研究者であり、日本生態学会奨励賞(鈴木賞)の受賞者として相応しいと判断する。
曽我 昌史 氏
曽我昌史氏は、都市生態系を対象に昆虫類の景観生態学的研究を行い、景観パターンの詳細と生物多様性の関係などを新規の視点から解明するとともに、具体的な都市計画のあり方についても保全生態学的な見地から提案を行ってきた。2014年にJournal of Applied Ecology誌に発表した研究では、都市化が昆虫類の多様性や個体数に与える影響が、都市生態系における緑地と市街地の配置パターンによって大きく異なることを実証しており、優れた研究成果である。また、社会−生態系における人と自然の関係についても活発に研究している。2016年にFrontiers in Ecology and the Environment誌に発表した総説では、人と自然の関わりにおける「経験の消失」の原因と影響について重要な議論を展開しているほか、同年にBiological Conservation誌に発表した研究では、都市の大学生を対象にしたアンケート調査により、現在や幼少期の自然体験が豊富なほど、自然や生物に対する親和的な認識や感情が大きいことを実証している。曽我氏の研究範囲は、生物学のなかの生態学にとどまらず、社会−生態系の生態学まで広がっており、その幅広さは優れた特徴である。これらの研究成果は、30報の学術論文として国際誌に発表されているほか、生態学会大会で活発に発表されている。以上のように、曽我昌史氏は、生態学の優れた若手研究者であり、日本生態学会奨励賞(鈴木賞)の受賞者として相応しいと判断する。
角田 智詞 氏
角田智詞氏は、これまでほとんど明らかになっていなかった植物の地下部に対する食害の実態、土壌生物と植物の相互関係等について、よく計画された操作実験に基づいて優れた研究を続けてきた。土壌中における昆虫幼虫の垂直移動に制約を与えた実験で、昆虫食害が植物の成長に及ぼす影響を解析し、さらに、土壌中の水分を、その量と均質性においてコントロールした実験では、水分条件が土壌中の昆虫の生存に影響することで植物の成長に間接的に影響を与えるという興味深い知見を得ている。また、土壌中の養分分布の均質・不均質性と、植食性昆虫の動態、さらには植物の成長といった複雑な相互関係も見事に解析している他、防御物質の根系内における分布様式に関する理論研究も行っている。これらの研究成果は、Botany誌、PLoS One誌、Plants and Soil誌、Ecological Research誌、Applied Soil Ecology誌などの国際誌に7編の学術論文として発表されている。植物に影響を与えうる主要な土壌生物と根の化学特性の関係、そして、これらの生物と植物が生産する化学物質との相互関係や、今後行うべき研究の方向性を取りまとめたレビューも出版しており、将来にわたって研究展開が十分に期待される。以上の理由により、角田智詞氏は、今後の活躍が大いに期待される若手研究者であり日本生態学会奨励賞(鈴木賞)の受賞者として相応しいと判断する。
選考委員会メンバー:岸田治(選考委員長)、鏡味麻衣子、日浦勉、吉田丈人、塩尻かおり、土居秀幸、井鷺裕司、北島薫、東樹宏和