第11回(2023年) 日本生態学会奨励賞(鈴木賞)受賞者
ロス サムエル(沖縄科学技術大学院大学)
森 英樹(森林総合研究所)
岡村 悠(東京大学理学系研究科 / マックスプランク化学生態学研究所)
中村 亮介(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)
選考理由
自薦13名の応募がありました。どの応募者も一定の実績が認められたため、審査が困難でしたが、応募書類での記述内容、公表論文などから総合的に判断をして、「今後の優れた研究展開が期待できる」との本賞の趣旨に合致していると、4名の候補者に対して委員の意見の一致を得ました。その結果、サミュエル・ロス氏、森英樹氏、岡村悠氏、中村亮介氏の4名が選出されました。
ロス サムエル 氏
Samuel Ross氏は環境変動下において⽣態系の安定性に生物多様性がいかに寄与するかに着⽬し、理論,野外操作実験,⾳響データを用いた解析手法の開発などを展開してきた。生態系の安定性に関わる内的・外的要因の重要性は時空間スケール依存であること、種の絶滅に伴う生態系サービスの低下は希少種が同時に複数の生態系機能を担う場合に最も起こりうること、など生物多様性と生態系機能に関する重要な一般則を提示している。また苫小牧演習林における大規模操作実験により気候変動(熱波)が河川の藻類や生態系機能を不安定化させるが、それを捕食性の魚が軽減する効果を持つことを明らかにした。Response diversityと呼ばれる、環境変動に対する各種の応答が不均一であることが生物多様性と生態系機能の安定性を考えるうえで重要であることに先駆的に注目している。今後は生物多様性―安定性のメカニズム解明により尽力する予定であり、気候変動化における持続可能な開発など応用面でも重要な研究になる。日本生態学会ではシンポジウムの企画や英語口頭発表賞,Ecological Research論文賞の受賞、Ecological ResearchのHandling Editorを務めるなど学会の活性化にも貢献している。アイルランドで博士号を取得,イギリス生態学会では’rising star in ecology’に選ばれるなど活躍も顕著で、日本と世界をつなぐ上でも今後の活躍が期待できる。以上のように、Ross氏は日本生態学会奨励賞(鈴木賞)の受賞者に相応しいと評価する。
森英樹 氏
森英樹氏は、森林生態系における木本のつる植物の成長特性や遺伝的多様性について、これまで一連の研究成果を挙げてきた。これまで13本の論文を英文誌に、本の論文を和文誌に発表し、そのうち10本の筆頭著者を務めている。森氏の研究に一貫して認められるのは、つる植物をターゲットしたオリジナリティ高い取り組みである。森氏はまず、国内の温帯原生林を対象に、林分スケールでのつる植物の分布特性を明らかにした。そして過去のかく乱の歴史やホストツリーのサイズ、微地形がこれらの分布特性に与える影響を解析した。次にこれらの網羅的な調査研究に続けて、優占種であるフジを対象に、その遺伝的構造を調べることで、つる植物の分布拡大におけるクローン繁殖の寄与や地形の影響などを解き明かした。遺伝子解析を用いたつる植物の繁殖戦略の解明は、生態系の生物多様性の仕組みを解き明かす知見として高い意義を持つと評価できる。さらに同氏は、これらの研究をさらに発展させて、つる植物の繁殖戦略の種間差に着目し、林床での水平成長優先型と林冠への垂直成長優先型に分類できることを見出した。これらの研究成果は、森林の群落構造の動態をモデル化し、気候変動の影響評価や生態系管理の方針作りに寄与していくと予想される。このように森氏は、木本のつる性植物をターゲットに、群集構造や空間分布特性、林分スケールで遺伝的構造を明らかにし、この植物の生存戦略において主要な要素となるクローン成長の特性や重要性を示してきた。得られた成果は、生態学分野の新たな発展に寄与していくと予想されることから、今年度の鈴木賞を受賞するに相応しいと評価する。
岡村悠 氏
岡村悠氏は、多様な化学物質からなる植物の防御を、植食性昆虫がいかにして乗り越え、植物を餌として利用できているのかについて研究を展開している。中でも、食草幅の異なるシロチョウ科複数種と、その食草であるアブラナ科複数種がもつ化学防御物質グルコシノレートの化学的な多様性に着目し研究を進めている。これら研究から、多様なグルコシノレートの解毒には、シロチョウの幼虫の腸で発現するnitrile specifier protein (NSP)とその姉妹遺伝子Major allergen (MA)という異なる働きをする遺伝子が鍵を握っていることなどが示されている。このNSPはMAに比べ、異なる食草を用いる種間で強い正の選択がかかっており、シロチョウの集団間でNSPには食草の利用パターンに応じた小進化が見られる一方、MA は進化的に、より保存的に振る舞っていることも解明した。これらのことから、NSPは食草の持つ特異的なグルコシノレートに対して進化する一方、MA は複数の食草に共通してみられるタイプのグルコシノレートに対応していると考えられる。これら研究成果は英語学術論文として公表されており、国際学会でも積極的に発信されている。また、現在はシロチョウ科内のNSPとMAの大進化と食草転換イベントを結びつけるマクロな視点の研究や、NSPとMAの詳細な機能差をゲノム編集により明らかにすることにも取り組んでいる。これらの研究には、仮説検証に適した材料を用いて多角的な視点から、日本各地での調査、バイオアッセイ、遺伝子の発現解析、系統解析などの多岐にわたるアプローチが必要である。岡村氏は、それらすべてを主導して行っており、熱意と能力の高さがうかがえる。このように今後の研究発展が期待されることから、日本生態学会奨励賞(鈴木賞)の受賞者に相応しいと評価する。
中村亮介 氏
中村亮介氏は、森林生態系における樹木が持つケイ素の多様性とその物質循環特性について活発な研究活動を展開してきた。これまで10報の筆頭論文を査読付英文誌に、4報の共著論文を査読付き英文誌に発表している。ケイ素は植物の必須元素ではないものの一部の植物によって積極的に吸収されている。しかし生態系におけるケイ素の蓄積や循環に関する研究は殆ど見られないことから、中村氏の研究には高いオリジナリティが認められる。同氏の研究は、樹木によるケイ素取り込みの多様性やその重要性に関する研究と、生態系におけるケイ素の循環特性に関する研究の二つの側面を持っている。前者について中村氏は、マレーシアボルネオ島のキナバル山において標高が異なる8つの試験地を対象に、葉リターによる土壌へのケイ素供給フラックスを定量した。そして葉リター由来のケイ素フラックスは標高の高いところで減少することを見出した。また葉の分解に伴うケイ素の放出速度は、リターの分解速度とリンクしないことやケイ素含量の多寡が大型土壌動物による葉の分解速度に影響することなどを見出した。一方、後者についてはマレーシア熱帯林に生育する71 種の樹木について葉のケイ素濃度が大きく異なり、生態系のケイ素循環の違いを生んでいることを示した。また、樹木が防御物質の一つとしてケイ素を利用しており、特にケイ酸質の葉毛が葉の分解抑制をもたらしている可能性を実験的に示した。このように中村氏はケイ素に着目した生態系の物質循環に関する研究に取り組んでおり、画期的な成果を発表している。そこで今年度の鈴木賞を受賞するに相応しいと評価する。
選考委員会メンバー:石川麻乃、大橋瑞江、小野田雄介、鏡味麻衣子、佐竹暁子、鈴木俊貴、鈴木牧、辻かおる、森章(委員長)
なお、選定理由紹介順は応募順である。