日本生態学会

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会長からのメッセージ -その13-

「生態学者に求められる倫理」

 倫理にもとる研究の進め方,発表の仕方が大きな社会問題となっています.また,研究費の管理にも厳しい手続きが求められていますし,研究試料の採取や取り扱いについての規則もおろそかにしてはなりません.研究は,個々の研究者の自由な発想を源としており,お金や手続きのことなど気にせずにのびのびと研究に専念することが理想ですが,今,理想論を主張すると「研究者のわがまま」とか,「研究者の思い上がり」ととられかねない社会的状況になっています.このような状況を作り出した責任は研究者側にあり,一日も早く社会の信頼を取り戻す必要があります.今,「研究倫理問題」にどのように取り組むのかを理事会で議論しています.

 研究の倫理や行動規範の原則は以下の5点に整理できると思います.

  1. 嘘をついてはならない(データの捏造,改竄,二重投稿,gift authorshipなど).
  2. 盗んではならない(アイディア,データ,記述などの剽窃,コピペなど).
  3. 他人の権利を侵害してはならない(著作権の侵害など).
  4. 手続きをおろそかにしてはならない(研究費の経理,調査許可,標本の持ち出しなど).
  5. 研究対象を尊重し,敬意をもって接しなくてはならない.

 このうち,1から4までは,生態学に限らず研究一般にいえることで,日本学術会議(日本学術会議 2013、http://www.scj.go.jp/ja/scj/kihan/)をはじめ多く団体がこれらの問題について規範や指針を示しています.生態学会がそれらを参考にして,自前の行動規範を作成し,皆さんに示したとしても,屋上屋を架すようであまり意義があるようには思えません.「生態学者に求められる固有の倫理があるのだろうか?」専務理事だった陶山佳久さんと話し合っていたときに浮かんだこの疑問を中心に理事会で議論を続けてもらっています.

 生態学と他の科学との違いはいくつもありますが,生態学現象が生物の活動を基盤とした野外現象であることも大きな特徴だと思います.理論や数値実験を主体に研究している方もその背景に野外現象を想定していることでしょう.つまり,生態学の深化と発展には野外調査が不可欠であると言えます.野外調査,観察,観測は,自然の中に分け入って行うのですから,調査される側にとっては「迷惑」なことです.標本にされるなら殺されてしまいますし(組織の一部を採取されることもあるでしょうが),行動などを観察されるにしても緊張などを強いられるでしょう.つまり,我々は自然に負担をかけて自分の知的欲求を満たしていることになります.

 私が学生時代に指導を受けた阿部永さん(北海道大学農学部助教授,当時)は,動物を捕まえることにかけては天才的な方で,調査に連れて行っていただく度に見事な手並みに感心していました.その阿部さんは時々「僕は動物をたくさん殺したけれど全部標本にしたよ」とおっしゃっていました.この言葉には少し誇張がありましたが,「全部標本にする努力」をなさっていたことは間違いありませんし,その努力量は半端なものではありませんでした.私は,当時,標本を使う仕事よりも動物を生きたまま扱う研究をしたかったので,「調査したことはすべて論文にしよう」(努力目標ですけれど)と思いました.

 自然に負担をかけて欲求を満たしているのだから,せめて論文にすることで「罪滅ぼし」をしよう.これが,私の生態学者としての倫理の原点かもしれません.こんな体験に基づいて,理事会で議論していただいている「行動規範」には,「研究対象を尊重し,敬意をもって接しなくてはならない」という要素をいれてもらおうと提案しています.

 現在検討中の文案(一部を抜粋)は,
「また,研究対象の生物に敬意を払い,尊重することも生態学研究者に求められます.あたりまえのことですが,生物は研究者だけのものではありません.研究者の独善に陥ることなく謙虚に調査に臨みましょう.外来種の根絶を目指す保全生態学的研究などの例外はありますが,生態学を発展させるためには,研究対象の現象を観察可能な状態に保つ必要があります.その意味でも,生態学研究者は対象生物を尊重し,「生物の保全」に関わらなくてはなりません.学会としては,保全に関する声明や要望書の提出,提言などの活動に取り組みますが,個々の研究者は,まず,研究成果の発表と普及に努めてください.研究成果の蓄積と普及は,生物の保全の基盤作りに貢献します.」
となっています.

 成案を得るにはもう少し時間をかけるつもりです.会員の皆さんのご意見も取り入れたいので,どうぞ忌憚なくご意見を事務局にお寄せください.

 また,鹿児島大会では,ランチョンフォーラムとして,「研究を進めるときの行動規範:自分と研究を守るために」を開催します(2015年3月21日12:15-13:45, F会場).日本学術会議の研究健全性問題検討分科会で委員長を務められている慶應義塾大学法学部の小林良彰先生をお招きして,「研究の健全化」について講演いただきます.多くの皆さんの参加を期待しています.以下のサイトから参加申し込みをしていただけると幸いです(http://www.springer.jp/esj62.php).

2015年3月6日 会長 齊藤 隆

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