日本生態学会

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会長からのメッセージ -その17-

「『生態学』150周年」

 間の抜けた挨拶となりますが,新年おめでとうございます.本年もよろしくお願いします.

 さて,今年(2016年)は「生態学」という言葉ができて150年にあたることをご存じでしょうか.正確には,Ernst Haeckel (1834-1919)が彼の著書(Haeckel 1866)で "Oecologie" という言葉を現在の生態学を指す意味で使ってから150周年を迎えたことになります.英語訳で彼の定義を見てみましょう.

By ecology, we mean the whole science of the relations of the organism to the environment including, in the broad sense, all the "conditions of existence." These are partly organic, partly inorganic in nature; both, as we have shown, are of the greatest significance for the form of organisms, for they force them to become adapted. Among the inorganic conditions of existence to which every organism must adapt itself belong, first of all, the physical and chemical properties of tis habitat, the climate (light, warmth, atmospheric conditions of humidity and electricity), the inorganic nutrients, nature of the water and of the soil, etc. (translated by Stauffer 1957).

 Haeckel が最初に「生態学」という言葉を使ったことは大学3年生の時の講義で聴いていましたが,2016年が150周年にあたることは昨年ローマで開かれた欧州生態学会連合の第13回大会で知りました.これを記念して欧州では今年いくつかのイヴェントが企画されているそうです.

 この話を聞いた後に別のセッションで,「"Oecologie" という言葉を最初に使ったのは Haeckel ではなくデンマークの研究者だ」という発表を聞きました.この話題は発表の「枕」で触れられた程度なので,詳しいことはわかりませんが,「生態学」誕生の機運がこの時期に醸成されていたことは間違いないようです.

 現象や法則の発見にまつわる物語には面白いものが少なくありません.私が,今,少し凝っている Taylor's power law のネーミングにも異論があります.この経験則は,個体群密度の分散が平均値とべき乗関係にあるというもので,Taylor (1961) が Nature 誌に発表した昆虫個体群のデータに基づく論文が有名です.このために,Taylor's power law (あるいは Taylor's law)と呼ばれているのですが,この関係を記載した著作は,1961年よりもかなり前に遡ることができるそうです.少なくとも Bliss (1941) は今日我々が Taylor's law と呼んでいる関係を図示しています.

 Bliss (1941) は1種の昆虫個体群しか取り上げていないのに対し,Taylor (1961) は24種でこの関係が成立していることを示していることなど,論文としての迫力は大きく違います.また,発表した雑誌の違い,属してる生態学コミュニティの違い(Taylor は英国,Bliss は米国)などが影響力に反映されたのだと思います.しかし,Taylor (1961) が Bliss (1941) を適切に引用していたならば,この経験則の名前は別のものになっていたのではないでしょうか.

 もう少し大きな話題としては,ベルヌーイ数があります.連続する整数のべき乗和を定式化するときの展開係数として,ヤコブ・ベルヌーイ(1654-1705)が1713年の著書で導入したことからこの名称がついた,とされています.一方、日本ではベルヌーイとは独立に,しかも少し早く,関孝和(1642-1708)がべき乗和を定式化し,この数を発見していました(桜井 2008).そのため,この数を関・ベルヌーイ数と呼ぶべきだ,とする主張がありますが,国際的には受け入れられていません.

 このような先取権をめぐる論争はたくさんあり,取り立てて珍しいものではありません.また,誰がどんな名前を付けようとも科学的な価値は変わらないのだから,先取権にこだわる必要はない,と言えるかもしれません.でも,やっぱり,関・ベルヌーイ数と呼ばれるようになったら嬉しいと思います.

 蛇足ですが,Hoeckel はギリシア語に堪能で,新しい学術用語をたくさん提案したそうです(Egerton 2013)."phylogeny", "ontogeny", "phylum", "protista" は今でもお世話になっていますね.

 2016年1月27日 会長 齊藤 隆

引用文献

Bliss, C. I. (1941) Statistical Problems in Estimating Populations of Japanese Beetle Larvae. Journal of Economic Entomology 34: 221-232.

Egerton, F. N. (2013) History of Ecological Sciences, Part 47: Ernst Haeckel’s E. Bulletin of the Ecological Society of America 94: 222-244.

Haeckel, E. H. P. A. (1866) Generelle Morphologie der Organismen. Allgemeine Grundzüge der organischen Formen-Wissenschaft, mechanische Begründet durch die von Charles Darwin reformirte Descendenz-Theorie. Volume I: Allgemeine Anatomie der Organismen. 32 + 574 pages; volume II: Alllgemeine Entwickelungsgeschichte der Organismen. 140 + 462 pages. Georg Reimer, Berlin, Germany.

桜井進 (2008) 天才たちが愛した美しい数式. PHP研究所, 第1版, p.205.

Stauffer, R. C. (1957) Haeckel, Darwin, and ecology. Quarterly Review of Biology 32: 138-144.

Taylor, L. R. (1961) Aggregation, variance and the mean. Nature 189, 732–735

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