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[要旨集] 口頭発表: 保全・管理
- O1-X01: 生態学的レジリエンスに基づく環境管理 (雨宮, 榎本, ロスベアグ, 伊藤)
- O1-X02: 遺伝子組換え植物の生態系への影響:きちんと分けて考えよう (白井)
- O1-X03: 保全における最適調査努力の数理的研究:確率的ダイナミックプログラミングによって保全期間長の影響を知る (横溝, Haccou, 巌佐)
- O1-X04: 河川における外来ザリガニの分布予測モデル:物理化学的要因と流量変動の影響 (西川, セバスチャン)
- O1-X05: 吉野川流域における30年間の森林成長と河川流出 _から_タンクモデルによる解析_から_ (中根, 中根)
- O1-X06: ()
- O1-X07: 登山道の荒廃と高山植物群落との関係についての定量的評価 (清水)
- O1-X08: 道東の半自然草原保全に有効な手段_-_4年間にわたる禁牧・刈払い・施肥試験の結果から見えたもの_-_ (小路)
- O1-X09: ()
- O1-X20: 土壌シードバンクによる絶滅危惧植物アサザの遺伝的多様性の回復 (上杉, 西廣, 津村, 鷲谷)
- O1-X21: 聞きとり手法を用いたシラタマホシクサの分布・立地の復元 (富田)
- O1-X22: 河川砂州上でのシナダレスズメガヤの急激な分布拡大をもたらす繁殖様式の可塑性 (鎌田, 小島)
- O1-X23: 北海道サロベツ湿原におけるゼンテイカ霜害発生時の水文環境と夜間冷却現象の数値実験 (山田, 高橋)
- O1-X24: 中国地方の中山間地域における環境保全型稲作の環境科学的評価 (木村, 中越)
- O1-X25: 刈り取りによる管理がヨシ実験個体群に及ぼす影響 (小田倉, 矢部, 藤田, 土谷)
- O1-X26: 谷津干潟における海藻アオサ類の繁茂とその要因探索 (矢部, 石井, 立本)
- O1-X27: 小集団化がシデコブシの遺伝的荷重に及ぼす影響-推移確率行列モデルによる予測- (石田, 平山, 戸丸, 鈴木)
- O1-X28: アジア東部地域における森林の動態把握手法の開発 (大平, 和田, 三塚, 宮下)
- O1-X29: セイヨウオオマルハナバチの北海道千歳への侵入範囲,季節消長,および在来マルハナバチへの影響 (稲荷, 永光, 田中, 五箇, 日浦)
- O1-X30: セイヨウオオマルハナバチが北海道のマルハナ媒植物の送粉成功に与える影響 (田中, 稲荷, 永光, 日浦, 五箇)
- O1-X31: クロッカーレンジ国立公園(マレーシア、サバ州)に生息するボルネオミツバチの遺伝的多様性とその起源 (須賀, 田中, マリアティ)
- O1-X32: クワガタムシ商品化がもたらす生態リスク (五箇, 小島, 岡部)
- O1-X33: シャープゲンゴロウモドキ生息の現状と保全への取り組み (西原, 鷲谷)
- O1-X34: タガメ存続にとってのカエル類保護の重要性 (平井)
- O1-X35: 奄美大島の外来捕食者とアカヒゲ・イシカガワエルの分布相関 (石田)
O1-X01: 生態学的レジリエンスに基づく環境管理
【はじめに】生態学的レジリエンス(以下,レジリエンス)とは,生態系の復元力,弾力性,自己組織化能などを意味する.レジリエンスは生態系の多重安定性の概念から提唱され(Holling, 1973),富栄養化や生息地の縮小等により減少し,その結果生態系は異なる状態へと変化し易くなると考えられている.本研究では,レジリエンスの概念を生態系の構造・機能・動態・自己組織化能の観点から整理し,生態環境の管理について検討を行う.
【レジリエンスの図的表現】レジリエンスは,例えば生態系の状態を表す分岐図を用いて説明される(Scheffer et al., 2001).制御パラメータは人為的な負荷を表し,あるパラメータ領域において生態系は双安定性を示すことがある.レジリエンスは安定状態と不安定状態の幅で示され,この範囲内の擾乱であれば生態系は元の状態に戻るとされる.
【レジリエンスと環境管理】ここではレジリエンスの概念を広く捉え,レジリエンスを次の3つに分類し,環境管理について検討する.(1)Type Iレジリエンス:上記のように安定状態と不安定状態の幅で示されるような復元力.状態間遷移が起こると,生態系の動態(状態)は変化するが構造と機能は変化しない.従って,負荷の低減,生物操作などによる環境修復が考えられる.(2)Type IIレジリエンス:Type Iと同様の復元力であるが状態間遷移により種の絶滅等が生じ生態系の構造が変化する.しかし,生態系の自己組織化能(数理モデルでは力学系)は保持される場合で,絶滅種の再生や回復により元の状態の復元の可能性が残されている.(3)Type IIIレジリエンス:生態系の自己組織化能の喪失に関わる復元力.無機的な環境変化により種の絶滅等が生じた場合で,生態系の回復が極めて困難となる.それぞれのレジリエンスの喪失が生態環境リスクの各エンドポイントとなり得るだろう.
O1-X02: 遺伝子組換え植物の生態系への影響:きちんと分けて考えよう
遺伝子組換え作物の大規模栽培が海外で始まり、日本でも幾人かの生態学者が組換え植物による生態系への影響について懸念を述べている。「生態学事典」(日本生態学会編,2003)でも、組換え植物による環境・生態系への影響として、次の6つをあげている:_丸1_非標的生物(蝶類、天敵昆虫)への影響、_丸2_土壌生態系への影響、_丸3_害虫抵抗性の発達、_丸4_雑草化、_丸5_近縁野生植物との交雑、_丸6_予期しない遺伝子の発現。
しかし、実験室で作出した組換え植物で起こった現象(例えば導入遺伝子の挙動の不安定性)を、現在商業栽培されている組換え作物でも起こりうるかのように論じている例も散見される。商業化される組換え作物は安定した作物特性を備えていなければならず、数世代にわたる選抜育種を重ねた上でできた商品である。また、従来型の育種法で作出された品種と異なり、一般栽培認可にあたっては、各国がそれぞれ独自に環境への安全性を審査している。
日本でも2004年2月に生物多様性条約カルタヘナ議定書を担保する法律が施行され、法に基づき、組換え植物の野外栽培は事前審査を受けることとなった。実験室で作出された不安定な組換え植物が野外で広く栽培されることはあり得ない。組換えダイズ、トウモロコシ、ナタネなどで、近縁野生植物や栽培種との交雑や遺伝子浸透を研究する場合、このような安全性審査をクリアした組換え植物を用いなければ、野外での生態系影響評価はできないであろう。これは組換え微生物・動物における生態系への影響研究でも同様である。
O1-X03: 保全における最適調査努力の数理的研究:確率的ダイナミックプログラミングによって保全期間長の影響を知る
絶滅の危険のある個体群に対して保全政策を考えるとき、環境変動による生存率の変動、個体数などの不確実性に対処していかなければならない。本研究では、このような不確実な状況下で、最適な保全政策について数理モデルを用いて考察を行った。生存率に確率的なノイズが加わる個体群について、最適な調査努力量と保全努力量を考える。保全努力量を増やせば絶滅リスクは減らせる。また、個体数調査にコストをかければより正確な個体数を把握できるため、より効率的な保全を行うことができる。そこで、絶滅リスクと調査努力・保全努力の経済的なコストの和を全コストと定義し、これを最小にするような最適調査努力・保全努力量を数値的に求めた。
複数年にわたって個体群の保全を考える場合、個体数調査によって得られた知識は翌年以降も役立つ。何年間にわたって保全を行うかという保全期間の長さの違いにより、最適調査努力量がどのように影響するのかを確率的ダイナミックプログラミングにより明らかにした。その結果、環境変動が小さい場合には、保全期間が長いほど調査努力を投資するのが最適であるという結果が得られた。しかし、環境変動が大きい場合には保全期間が長すぎる場合には、逆に最適調査努力は小さくなった。また、個体数に関する知識の違いによって最適保全努力量がどのように異なるのかを示す。
O1-X04: 河川における外来ザリガニの分布予測モデル:物理化学的要因と流量変動の影響
河川における外来種の定着成功は、河川の流量様式と物理化学的要因双方の影響を受けることが知られている。しかしながら、分類群の近い外来種同士間でも、行動パタンや生活様式の違いによって制限環境要因が異なること、そしてその結果、種ごとに異なる分布様式を呈することが想定される。これらを踏まえて、北米西部の3つの地域(中南カリフォルニア州沿岸、シェラ=ネヴァダ山脈東部、ロッキー山脈西部)に位置する合計115の河川において外来ザリガニの野外調査を行い、種ごとに制限環境要因から分布予測モデルを作成した。調査地は前もって、河川流量計が設置されている河川から長期の日平均流量データが入手可能な河川を選択した。外来ザリガニの捕獲と河川の物理化学的要因(標高、水温、勾配、隠れ家など)の測定は乾季に行った。流量様式に関する変数は、年中央値、年平均流量の変動係数、洪水の年平均頻度、洪水の年平均頻度、安定流量日の最大連続日数を、SASマクロを使用して求めた。分布予測モデルの作成には、従属変数と独立変数間に特定の型を要求しない、線形にも非線形関係にも対応可能なアーティフィッシャル・ニューラル・ネットワークを用いた。
調査の結果、これらの地域から、世界的にも外来種として問題になっているザリガニ類3種(アメリカザリガニProcambarus clarkii、シグナルザリガニPacifastacus leniusculus、ホッポウザリガニOrconectes virilis)が確認された。流量様式に対する応答はザリガニ種によって異なっていたが、これは隠れ家に対する選好性が異なることが一因であると考えられた。本発表では、ザリガニ類の相対数度と存否の制限要因となっている環境要因について生態学的な解釈を加え、各種の分布様式の違いについて考察する。
O1-X05: 吉野川流域における30年間の森林成長と河川流出 _から_タンクモデルによる解析_から_
「緑のダム」を評価するにあたり、流域の概況、特に植生の違いによる河川流出量の違いを明らかにすることで、流域の治水機能に係わる特性を解明することが可能であろう。今回の研究では、河川流出量の再現性が高いタンクモデルを用いて、流域の森林の変遷に伴う河川流量の変動を解析した。
1960年代_から_1970年代に一斉拡大造林が行われ、大部分の森林が人工林化した吉野川流域を解析対象地とした。この流域をダム、流量観測所ごとの11の集水域に分け、主な洪水時のダム流入量データ(国交省、四国電力)とティーセン法で求めた雨量データを用いてタンクモデルの係数を各集水域ごとに求めた。
このうち4時期(1961、1974、1982、1999年)のタンクモデルを用いて、それぞれ10回の洪水時の降雨データを150年に一度の計画雨量(440_mm_/2日間)に引き伸ばして、基準点・岩津流量観測所における最大ピーク流量の違いを調べた。
その結果、それぞれのタンクモデルの最大計算ピーク流量(基本高水流量)は1961年のモデルで17,836㎥/S、1974年のモデルで21,990㎥/S、1982年のモデルで20,552㎥/S、1999年のモデルで18,990㎥/Sとなった。1961年から1974年にかけて基本高水流量が大きく上昇した背景には、一斉拡大造林により、大きく流域の浸透能は低下してしまったことが推察される。また、1974年のモデルと1999年のモデルとで比較すると、3,000㎥/Sものピーク流量が低減している。
以上のことより、森林の変遷と共にピーク流量は変動していることが伺われ、流域の治水機能が回復しつつあることを示唆している。
さらに「緑のダム」の効果を高めるためには、より良い森林整備をこれから行う必要性があると考えられる。未だ、多くある間伐不十分な人工林に、下層植生が豊富に生える程の間伐を実施しなけばならないだろう。
O1-X06:
(NA)
O1-X07: 登山道の荒廃と高山植物群落との関係についての定量的評価
亜高山帯から高山帯に位置する登山道では、過剰利用等が原因となり、周囲の植生の荒廃が進んでいる。登山道の荒廃は、植生によりその程度が異なり、特に周囲が雪田や高茎草原等のお花畑となっている登山道は、著しく荒廃が進んでいることが多い。本発表は、白山の標高2000_から_2500mの地域を対象として、登山道の荒廃状況の指標となる登山道幅員を計測し、併せて周囲の植生・標高・傾斜・方位等の環境条件を調査、両者の相関を統計解析し、登山道の荒廃と環境との関係の定量的評価を試みた、市民団体による研究報告である。
まず、登山道幅員が周囲の植生により異なる傾向にあるかを、F検定により解析した。その結果、ハイマツ、オオシラビソ群落は他の植生より幅員が狭く、高茎草原は他の植生より幅員が広いという傾向にあった。幅員と、地形の代表要素である標高・傾斜・方位、及び植生との関係を見ると、標高との明確な関係は見られないが、傾斜は小さいほど幅員が広くなる傾向にあった。方位との関係は南南東が最も幅員が大きく、南南東から離れるにつれ幅員が狭くなる傾向にあった。植生との関係は、平均幅員の狭い順に、岩屑・夏緑低木・ハイマツ・オオシラビソ・ダケカンバ・ササ・高茎草原・雪田の順に並んだ。
次に、登山道幅員により大きく寄与している要素は何かを把握するため、標高・傾斜・方位・植生を説明変数、幅員を目的変数として重回帰分析を行った。その結果、植生の寄与が最も大きく、次に大きく寄与しているのは方位及び傾斜であり、標高の寄与は小さくなった。
本発表では、計測データを追加して再解析し、さらに一部の調査点において登山道幅員の経年変化を調査した結果を紹介する。また、残雪・融雪水と登山道荒廃との関係を概略調査し、その概要を紹介する予定である。
O1-X08: 道東の半自然草原保全に有効な手段_-_4年間にわたる禁牧・刈払い・施肥試験の結果から見えたもの_-_
近年の放牧家畜頭数減少に伴い、地域固有の草原景観や植生の維持が危ぶまれるようになってきている北海道東部・厚岸町の海岸段丘上に成立する半自然草原2ヶ所(ともに馬の放牧地で、雌阿寒岳由来の厚層細粒黒ボク土)において、家畜の放牧がこの地域における草原の植生や景観の維持に及ぼす効果を解明するとともに、放牧が実施されなくなった際の代替手段として、刈払いおよび施肥の効果を検討するため、4年間にわたる試験・調査を実施した。
2000年5月、10m×10mの禁牧区を両調査地に5ヶ所ずつ設置し、対照(放牧)区と比較しつつ、植生の変動を追跡した。また、毎年5月に窒素(尿素)、2001年以降の毎年5月にリン酸(過燐酸石灰)の施肥(ともに成分で10g/m2)処理、毎年7月に地上部刈払い処理を行い、これらの処理の有効性を検討した(計16通り5反復。)。植生調査(1m2枠)および現存量調査(1m2枠内の30cm×30cm)は、周縁効果の及ぶ領域および過去の調査地点を排除しつつ完全無作為に調査枠を抽出し、各年7月および9月に実施した。分散分析により、ヒオウギアヤメ、イネ科草本、ミヤコザサ、スゲ類、広葉草本の現存量および出現種数に及ぼす各処理の効果を検討した。
厚岸町の町花で保全のターゲット種であるヒオウギアヤメの現存量に対しては、放牧による有意な効果が認められず、4年間の放牧中断ではさほど大きな影響は及ばないと考えられた。一方、ミヤコザサの現存量は禁牧によって有意に増大し、禁牧はミヤコザサの優占度増大を通じて、他種に対して何らかの影響を及ぼすものと考えられた。7月の刈払い処理は、ミヤコザサや広葉草本の現存量を抑制しつつ、ヒオウギアヤメの現存量を有意に増大させる効果のあることが示された。また、単位面積あたりの植物の出現種数も増大することから、刈払い処理は、この地域における草原の植生・景観・生物相の保全に適した手法であると判断された。施肥は、ヒオウギアヤメ現存量には有意な効果がなく、植物の出現種数を低下させ、イネ科草本、ミヤコザサ、広葉草本の現存量を増大させる効果が認められた。
O1-X09:
(NA)
O1-X20: 土壌シードバンクによる絶滅危惧植物アサザの遺伝的多様性の回復
アサザは、かつて日本各地の湖沼や溜め池および河川などに広く分布していたにも関わらず、生育地の破壊などの影響で近年急激にその生育地を減少させ、レッドデータブック(環境庁、2000年)では絶滅危惧II類と記載されるようになった。霞ヶ浦においても、護岸工事と人工的水位操作などの影響で、ここ1996年から2000年の5年間で、群落面積および地域個体群数ともに急激に減少した。また、霞ヶ浦から採取した葉の試料を遺伝解析した結果、残されているのはわずか18クローンのみであることが示唆され、その存続が危ぶまれている。
クローン急激な減少とともに、アサザの遺伝的変異も多くが失われた可能性が高い。したがって、今後、霞ヶ浦におけるアサザの存続可能性を高めるためには、遺伝的多様性の回復も考慮に入れる必要がある。霞ヶ浦では、消滅した地域個体群の近隣地域、および土壌シードバンクをもちいた植生再生事業地で、シードバンク由来であると考えられるアサザの実生が発生している。こうしたシードバンク由来の実生から個体更新が起これば、現存個体から失われた遺伝的多様性が回復する可能性がある。そこで、マイクロサテライトマーカーをもちいてこの土壌シードバンク由来の実生の遺伝的多様性を調べた。
その結果、土壌シードバンク由来の実生には現存個体には存在しない対立遺伝子が約10%程度含まれていることがわかり、遺伝的多様性を回復させるための資源として土壌シードバンクが活用できることが示唆された。しかし、一方では、土壌シードバンク由来の実生個体群の多くは、高い近交係数を持っており、自殖あるいは近親交配によって形成された可能性高いことが判明した。この結果は、実生の定着により回復した遺伝的多様性が、近交弱勢の影響で失われてしまう可能性を示しており、保全・再生の実践においてはその点への配慮が必要であることが示唆された。
O1-X21: 聞きとり手法を用いたシラタマホシクサの分布・立地の復元
シラタマホシクサEriocaulon Nudicuspeは,東海地方の砂礫質の丘陵地に形成される湧水湿地に特異的に分布する.この自生地の一部が,人為的な影響の下にある水田畦畔,ため池周囲などにも存在することは,これまでにも度々指摘されてきた.しかしながら,シラタマホシクサの分布や自生地の立地が詳細に検討されるようになったのは,都市近郊に存在するこうした自生地の多くが消滅した後のことである.したがって,過去の自生地の分布・立地を明らかにするための標本や植生調査資料など具体的・客観的証拠に乏しく,詳細な検討は行われてこなかった.ここで,過去の自生地の立地が明らかにされるならば,絶滅が心配されているシラタマホシクサの生態の解明にもつながり,今後の保護活動にも役立つであろう.本研究は,この視点から,かつて多くの自生地が存在したと考えられる愛知県名古屋市南東部を事例に,近隣住民からの聞き取りをすることによって,シラタマホシクサの過去の自生地とその立地環境を明らかにした.その結果,1940年代から1970年代にかけて,対象地域内で,誤認はほぼないと考えられる合計32地点の自生地を聴き取ることができた.これらの自生地の立地を地形環境別に分類すると,小規模な開析谷の谷底に存在していたものが過半を占めた.さらに,これを土地利用別に分類すると,灌漑用ため池の周囲に立地したものが約半数存在し,休耕田や水田畦畔に存在するものも少なくなかった.丘陵の斜面に存在するものでも,周囲は薪炭林として利用されていた.このように,本調査の結果は,開析谷とその周辺の灌漑用ため池・水田・薪炭林などいわゆる「里山」の人為的な土地利用環境が,シラタマホシクサの主要な自生地であったことを示している.また,自生地を多数聞き取ることができた地域での,自生地の密度は非常に高く,自生地は互いに近接して存在していたことも明らかとなった.
O1-X22: 河川砂州上でのシナダレスズメガヤの急激な分布拡大をもたらす繁殖様式の可塑性
法面の土止め等を目的として導入された南アフリカ原産のシナダレスズメガヤが,近年,礫砂州に侵入し,急速に分布を拡大しつつある.徳島県吉野川下流域の礫砂州上で,シナダレスズメガヤの分布が急速に拡大した理由を,その繁殖様式と地形改変能力に焦点をあてながら検討した.
低水流路に近い砂州の裸地部に侵入したシナダレスズメガヤの株周辺には,洪水時に砂州上を流れる細砂が捕捉され,堆積している.そのため,玉石河原であったかつての砂州が細砂に被われるようになっており,場所によっては,堆積した細砂によって河床高が2_から_3mも上昇していた.このような地表変動が激しい場所では,シナダレスズメガヤの微小な実生が生残する機会は少なく,シナダレスズメガヤは,主に栄養繁殖により分布を拡大していた.その過程は次のようだと推定された.まず,シナダレスズメガヤが花茎の途中から新たにシュートを出す.シュートを出す花茎は,低水路に近い場所で多いことは,洪水撹乱により傷ついた花茎部から新たなシュート出すことを示唆している.次の洪水等で花茎が倒れることによってそのシュートが接地し,自らの株周辺に堆積した細砂内に半埋没し,根茎を発達させながら成長する.そして,そのようにして拡大した株が,さらなる砂礫を捕捉し堆積させ,新たなシュートの定着場所を提供していく,という過程である.このように,低水路近傍では,シナダレスズメガヤは,洪水撹乱の激しさを利用する形で占有面積を増加させることが可能だと考えられる.
一方,高比高域では,おそらく洪水時にも供給される砂礫が少ないために,河床形態に大きな変化は生じず,礫間にシルトが充填された裸地が形成される.このような場所でのシナダレスズメガヤの分布拡大は種子繁殖に依存する.村中・鷲谷(2003)が推測するように,このような場所では,洪水が種子散布を助長するかもしれない.
O1-X23: 北海道サロベツ湿原におけるゼンテイカ霜害発生時の水文環境と夜間冷却現象の数値実験
北海道・サロベツ湿原では、6月にもかかわらず晴天静夜に降霜が発生し、ゼンテイカ(Hemerocallis esculenta)の霜害が報告された(Yamada and Takahashi 2004)。霜害発生時の最低気温は、周辺植生高の地上20-30cmに出現したため、このときゼンテイカの花芽が偶々この高さ付近に位置していた個体に霜害が発生した。
サロベツ湿原では、1960年代にサロベツ川による周辺農地の融雪洪水を防ぐために放水路が施工された。その結果、高層湿原部へのササの侵入によって、湿原が乾燥化しているのではないかと報告された(高桑・伊藤1986)。泥炭の乾燥化は熱伝導率の低下をもたらし、晴天静夜の気象条件によって、顕著な気温の低下が懸念される。実際にアメリカ・フロリダ州では、泥炭地の農地化による排水工事によって、地下水位の低下と泥炭表層の乾燥化をもたらし、晴天静夜に地表面温度の顕著な低下が報告された(Chen et al. 1979)。
そこで本研究では、現地観察結果を踏まえて、泥炭地の地下水位の変動が、晴天静夜の気温及びゼンテイカの霜害にどのような影響を与えるのかを評価することを目的として数値モデルを構築し、数値実験を行なった。
数値実験では、サロベツ湿原でゼンテイカの霜害が発生した2002年6月4/5日の気象条件を入力して、地上20cmの気温を評価した。その結果、平均して地下水位が1cm低下するごとに0.7℃の割合で低下した。さらに上記の気象条件では、泥炭が乾燥履歴を持っていたために、そうでない条件と比較して0.7℃低下していた。また地下水位を2cm低下させると、ゼンテイカの霜害範囲が13cm上昇した。つまり1-2cm程度の地下水位変動によって、ゼンテイカの霜害範囲が大きく変動することがわかった。従って湿原の乾燥化が夜間の低温現象を引き起こし、湿原生態系への影響が示唆された。
O1-X24: 中国地方の中山間地域における環境保全型稲作の環境科学的評価
環境保全型農業と一口に言ってもその耕作方法は数多く、それらを総合的に評価した研究も少ない。そこで、中国地方の中山間地域において耕作されている環境保全型稲作のうち、アイガモ農法(DO)4筆・紙マルチ農法(PM)4筆・米ぬかを除草に利用した農法(RB)2筆・苗箱にのみ施薬する減農薬農法(BC)4筆・除草剤および殺菌剤を使用する減農薬農法(NP)4筆および慣行農法5筆の水田について、それぞれの栽培方法と農業生態系構成種の関係、各栽培方法の生産性、その生物保全機能の外部経済評価等様々な面から評価を行った。
まず、農業生態系に関する研究として、植生、節足動物、両棲・爬虫類の調査を行った。植生調査の結果、各栽培方法の多様度の平均は、順にBC, 2.16、RB, 1.95、PM, 1.85、CV,1.83、NP,1.63、DO , 1.30 となった。節足動物の調査はスイーピングにより行い、得られた節足動物は害虫・益虫・その他に分類した。この結果、NPとPMでは,節足動物のバイオマスが比較的多く,天敵割合が比較的安定していた。両生類・爬虫類の調査は畦においてルートセンサスを行った。この結果、栽培方法と両棲類・爬虫類の関係は明確ではなく、節足動物のバイオマスと両棲類の個体数に相関係数0.61という正の相関が見られるにとどまった。
各栽培方法の生産性ついてはアンケートを用いてそれぞれの収益性や問題点についての評価を行った。環境保全型農業の収量は慣行農業のそれよりも少なかったが、DO、RB、PMは薬剤を使用したBC、NPよりも生産性に劣るというわけでは無かった。
さらに生物保全機能の外部経済評価として生態学的調査結果を基に、二項選択法のCVMアンケートを作成し、広島県民を対象に調査を行った。この結果として24,192,100,130 円が、広島県における環境保全型農業の水田の価値として算出された。
O1-X25: 刈り取りによる管理がヨシ実験個体群に及ぼす影響
【はじめに】抽水植物であるヨシは加圧マスフローによる換気機能を持っており、自らの根圏を酸化的に保つことが知られている。ヨシ原の維持管理のために広く行われる地上部の刈り取り(ヨシ刈り)は本来、秋から冬にかけて行われるため、換気機能への影響は少ないが、近年では水質浄化の観点から夏期に行うことも考案されている。しかし、夏期の刈り取りによってヨシは加圧能を失い換気機能が大幅に低下することに加え、地温の上昇に伴う地下部の呼吸と微生物活性の上昇により土壌中の酸素が消費されることで、根圏が還元的に変化することが予想される。本研究では夏期に有底枠内ヨシ実験個体群において刈り取りを行い、処理前後における根圏環境への影響を評価することを目的とした。
【方法】実験はヨシ植栽後10年以上経過した4m×4m×1.8mの有底枠実験池で行った。刈り取り処理はヨシの加圧能が最大になる8月に行い、実験池の2/3を刈り取り実験区とした。残り、1/3は刈り取りをせずヨシ保存区とした。その他、対照区として全保存区を設定した。処理前後におけるEh、ph、ECを測定した。加えて、深度別の地下部現存量を測定し、微生物活性は埋設した綿布の分解率により評価した。
【結果】処理後1ヶ月で、刈り取り実験区ではEhが平均66mV低下した。隣接する保存区においても若干の低下が見られたが、対照区では変化がなかった。実験区において、最大2℃の水温上昇が対照区と比較して確認されたものの、綿布の分解速度に有意な差はなかった。以上のことから、冬期の実験結果と同様に(藤田、2002)刈り取りの結果、拡散と負圧マスフローによる地下部への酸素供給の増加が見込めるにも関わらず、夏期におけるヨシの刈り取りは冬期とは異なり、結果的にヨシの根圏を還元的に変化させることを明らかにした。
O1-X26: 谷津干潟における海藻アオサ類の繁茂とその要因探索
【はじめに】東京湾湾奥に位置する谷津干潟は埋め立てにより周囲をコンクリートに囲まれた閉鎖性の強い人工的な潟湖干潟である。谷津干潟はラムサール条約登録湿地である一方、近年緑藻アオサ類が急速に増加、いわゆるグリーンタイドが発生し、水鳥の採餌場あるいは休息場機能をはじめとする多様な生態系機能への影響が危惧されている。本研究ではアオサ類増加の評価とその要因探索を目的とし、干潟を取巻く環境因子の変化とアオサ類増加との関連性について検討を行なった。
【方法】アオサ類繁茂面積は、谷津干潟環境調査報告書(環境省;1984、1995年)、干潟近隣の高層マンション最上階より撮影した斜め写真(谷津干潟自然観察センター;1996-2001年)および航空写真(2002年)を用いて評価した。水質、底質、気象データは上記に加え、公共用水域水質測定結果(千葉県・習志野市;1984-2003年)、秋津観測局計測結果(習志野市;1986-2003年)を用いた。また、2002、2003年の夏期と冬期に東京湾と谷津干潟を連結する2つの水路での2潮汐間の水質経時変化を計測した。
【結果】谷津干潟でのアオサ類の発生面積は指数的に増加しており、2002年には干潟面積の約70%を占めた。周辺の公共下水道整備に伴い、谷津干潟最奥部では塩素イオン濃度が増加し干潟滞留水の海水化が進行していることが明らかになった。アオサ類は海域でみられる大型藻類であり、この海水化が発生面積拡大に寄与していると考察した。現地調査の結果、潮流による泥質の巻上げと干潟からの流出を確認し、近年の干潟底質の砂質化の原因と考察した。写真解析によりアオサ類の発生時期は年々早まり、またアオサ類の消失時期は年々遅くなる傾向を確認した。谷津干潟周辺の気温は近年上昇する傾向にあり、特に秋期から初春にかけての気温の上昇傾向とアオサ類の発生および消失時期との関連性が示唆された。
O1-X27: 小集団化がシデコブシの遺伝的荷重に及ぼす影響-推移確率行列モデルによる予測-
日本産の希少植物では、100年後の絶滅確率が最近の減少率に基づいて推定されているが、短期的なタイムスケールで絶滅リスクに影響する遺伝的要因はほとんど考慮されていない。大集団やメタ個体群を形成する他殖性の植物では、小集団化すると、短期的にみれば劣性有害突然変異による遺伝的荷重が増加して適応度が減少し、これが絶滅確率を高めると予想される。したがって、個体数減少が著しい希少種の絶滅リスクを評価し保全を図るためには、遺伝的荷重の変化とそれに影響する要因を推定する必要がある。今回は、開発によって個体数が減少しているシデコブシ(10年間の減少率25%)を対象として、種子生産に現れる遺伝的荷重に及ぼす小集団化の影響を交配実験の測定値などに基づいて推定した。愛知県春日井市の集団(開花株数245)で推定された劣性有害突然変異のゲノム突然変異率と優性の度合いは、それぞれ0.81、0.14となり、草本種で報告されている値の範囲内に位置づけられた。これらに加えて選択係数は草本種の推定値に近い値をとると仮定し(s=0.05-0.2)、小集団化(50個体以下)した時の遺伝的加重の世代変化を推移確率行列モデル(Wright-Fisher model)などを用いて推定した。その結果、結実率は小集団化するとかなり減少すると推定された(15個体になれば、5世代後に20-25%減少)。しかしながら、種子または花粉による集団間の移住があれば、遺伝的加重の増加率は減少した(15個体の局所集団からなるメタ個体群の場合、世代あたり成木1個体分の移住があれば、5世代後の結実率が孤立集団に比べて5%程度増加。新局所集団の創始者がメタ個体群全体からランダムに選ばれれば、20-25%増加)。シデコブシは比較的短命な低湿地に生育し、鳥散布を介してメタ個体群を形成していると考えられるため、小集団化にともなう結実率減少と局所集団数減少との間に正のフィードバックが生じ、絶滅リスクが個体数減少率のみから予測される値以上に大きくなる可能性がある。
O1-X28: アジア東部地域における森林の動態把握手法の開発
アジア東部地域における森林動態を把握するために衛星データを利用した手法を検討した。対象とする範囲は南緯12度から北緯66度33分、東経90度から東経150度の範囲でアジア東部地域の熱帯、亜熱帯、温帯、亜寒帯が含まれる地域である。衛星データはSPOT/VEGETATION(地上解像度約1km)の10日間合成で提供されるS10プロダクツデータを利用し、1999年1月から2002年12月の4年間の観測データを解析した。雲や他のノイズの影響を軽減するためにNDVI(正規化植生指数)データに対してLMF (Local Maximum Fitting) 処理を行いモデリングによる補正処理を行い、これを基データとした。
一年間の観測されたNDVI値の中で0.7を超える値から0.7を差し引き、その値の年間積算値を算出した。温量指数の考え方を衛星データから得られたNDVIに応用したこの値をSPOT/VEGETATION Forest Index(FI)と呼び、森林として見なす閾値としてFI > 0.77を設定した。1999年から2002年まで各年の森林分布を表し、年度間の森林分布箇所の差から変化箇所の抽出を行った。変化箇所はさらに1999年と2002年のNDVIの年平均値の間に有意な差が認められたところに絞り込み表した。
抽出された変化箇所は森林の伐採や火災などによる消失を表すだけではなく森林の活性度が低下した状況も表されることがわかった。対象地域全体を同一基準で客観的な方法で森林を表すべくFIの閾値を設定したが、森林の抽出精度の向上を図るためには地域に特化した閾値を設定する必要がある。また、地上解像度が低いことなどによりこの手法により得られる結果は限界があるが、グローバルスケールの森林分布を把握する手法として有効であると考える。
O1-X29: セイヨウオオマルハナバチの北海道千歳への侵入範囲,季節消長,および在来マルハナバチへの影響
北海道千歳川流域におけるセイヨウオオマルハナバチ(セイヨウ)野外集団の時間的空間的分布,セイヨウの分布と侵入源としてのハウスの分布の関連,およびセイヨウの在来マルハナバチの体サイズへの影響を調べた.2002年と2003年に,ある大型ハウスを中心とした南北12kmのトランセクト上の防風林に衝突板式トラップを設置し,5月下旬から9月中旬までマルハナバチ類を採集した.またその周囲のセイヨウ使用ハウスを特定した.(1)採集された女王個体数のピークは春だった.この時期にハウスからの女王の逃げ出しが増える可能性は低いため,採集個体の多くは野外で越冬していたことが強く示唆される.(2)セイヨウの局所密度は,採集地点から周囲1-4km以内のハウスで1年間に使用されたセイヨウコロニー数と正の相関を示した.つまり,現時点ではセイヨウはハウスから4km以上離れた場所への侵入は少ない.(3)大型ハウスから南に4km離れた地点は調査地域でのセイヨウの分布南限であるが,その個体数は1年間で増加しており,セイヨウの分布がさらに拡大する可能性が示唆される.(4)セイヨウが個体数において優占する地点では,そうでない地点よりも在来の2種の頭幅長が小さかった.このことは在来種がセイヨウとの資源を巡る競争によって負の影響を受けたために体サイズが減少した可能性が示唆された.
O1-X30: セイヨウオオマルハナバチが北海道のマルハナ媒植物の送粉成功に与える影響
外来種は、長い時間を経て形成された生物間相互作用を撹乱する。とりわけ外来の送粉者は、資源を競合する在来送粉者相だけでなく、在来送粉者に依存して繁殖を行っていた在来植物にも深刻な影響を与えるおそれがある。しかし、その影響は在来送粉者と植物の結びつきの強さによって変わりうるため、そもそも影響があるのか、どのような植物に影響があるのかの予測は難しい。本研究の目的は、セイヨウオオマルハナバチが北海道の在来植物の送粉成功に与える影響およびその原因を実験的に明らかにすることである。
果樹用ハウスを3棟建設して、それぞれを、在来マルハナバチを放飼するハウス(在来区)・セイヨウオオマルハナバチだけを放飼するハウス(外来区)・両者を放飼するハウス(混合区)とし、その中にマルハナバチ媒で主に他殖の植物10種(草本8種・木本2種)を導入した。植物に対するハチの訪花の種類(正当訪花・盗蜜訪花)・頻度および結実率を調べた。
その結果、エンゴサク・オオアマドコロ・イボタノキの結実率は外来区で著しく下がり、セイヨウオオマルハナバチがこれらの植物の授粉機能を代替しないことが分かった。観察された盗蜜行動や訪花頻度低下がその原因だと考えられた。また、訪花行動の差異が影響している可能性もある。混合区での結実率は3種の植物それぞれで、在来区と外来区の中間、外来区と同程度、在来区と同程度、と結果が異なった。このことは、ハチ間の相互作用が植物に複雑な影響を与えることを示している。また、外来区では結実率が下がる植物でも混合区では影響が出ない場合があることから、セイヨウオオマルハナバチの侵入初期段階の観察からはさらに侵入が進んだときの影響を予測することが難しいことが分かる。
O1-X31: クロッカーレンジ国立公園(マレーシア、サバ州)に生息するボルネオミツバチの遺伝的多様性とその起源
ボルネオ島は世界におけるミツバチの分布の中心であり、現在知られている9種のうちの5種が生息している。これらのミツバチはおそらく多くの植物の送粉に重要な役割を果たしている。したがってこれらのミツバチの系統地理学的な研究をおこなうことは、この島の送粉共生系の歴史や現状、あるいはその効果的な保全のあり方の理解に役立つだろう。以前の研究で、わたしたちはこの島に生息するミツバチ3種(アジアミツバチ、ボルネオミツバチ、オオミツバチ)でmtDNAのCO1遺伝子による系統分析をおこない、地域的な遺伝分化の度合いが他の2種にくらべてボルネオミツバチで顕著に大きいことをみいだした。本研究でわたしたちは、サバ州西部のクロッカーレンジ国立公園で採集された12個体のボルネオミツバチを新たにこの分析に加えた。その結果、この地域のボルネオミツバチからCO1遺伝子の4つの新しいハプロタイプがみつかった。またこの島のボルネオミツバチに遺伝的に大きく隔たった3つの系統が存在することをあらためて確認することができた。この3系統の地理的な分布は、ボルネオ島の従来の生物地理学的な区分のあり方と一致しない。クロッカーレンジのハプロタイプはいずれも、3系統のうちの2つに含まれ、そのひとつはこれまでクロッカーレンジでのみ確認されている系統、もうひとつはサバ州東部のタワウ周辺を中心としてそこから広がったと考えられる系統であった。これらの結果は、クロッカーレンジ周辺の森林の一部が地質学的なタイムスケールで他と隔離されてきた歴史をもつこと、また現在のこの地域の天然林を保存することがボルネオミツバチの遺伝的多様性を維持する上で重要であることを示している。更新世の気候変動にともなう森林や植生タイプの分布変動が、ミツバチの系統のこうした現在の分布をかたちづくるのに重要な役割を果たしてきたと考えられる。
O1-X32: クワガタムシ商品化がもたらす生態リスク
近年、我が国ではクワガタムシをペット昆虫として飼育することがブームとなっており、クワガタムシの商取引は一大産業へと急成長を遂げた。特に、1999年11月の輸入規制緩和以降、大量の外国産クワガタムシが商品目的で輸入されるようになり、2002年6月時点での輸入許可種は505種類にものぼり、これまでに輸入された個体数は恐らく200万匹を越えると考えられている。輸入当初は一般の飼育者のみならず、多くの昆虫学者ですら、巨大な熱帯産のクワガタムシが日本のような寒冷地で野生化することは困難であろうと推測していたが、実際に熱帯・亜熱帯域に分布するクワガタムシでもその多くはかなり標高の高い地域に生息しており、そうした地域の気候は日本の温暖気候と大きくは変わらない。さらにクワガタムシは幼虫期を朽ち木や土壌の中など比較的安定した環境で過ごすという生活史を持つことから、外国産の種でも日本の野外で越冬することが可能であることが示唆されている。従って外国産の商品個体が野外に逃げ出し、定着・分布拡大する可能性は十分に高く、今後、どのような生態影響が生じうるか、リスク評価を行っておく必要がある。一番に懸念されるのは、生態ニッチェが類似した在来のクワガタムシ種への影響である。生息環境の悪化などにより日本の在来クワガタムシは既に危機的状況に近づいており、そこへ外国産種が侵入すれば、餌資源をめぐる競合や種間交雑による遺伝的浸食、外来寄生生物の持ち込みなどの生態影響によって在来種の衰退に一層の拍車がかかることは間違いないであろう。我々はこれらの生態影響の中で特に遺伝的浸食および寄生生物の持ち込みの問題について、調査・研究を進めている。本講演ではこれらの研究の中から、特にヒラタクワガタのミトコンドリアDNA(mtDNA)変異に関する研究、および、ヒラタクワガタに寄生するダニ類に関する調査を中心に話題提供し、日本在来クワガタムシの固有性とその保全の意義について考察したい。また、2004年6月に制定された「外来生物法」は、今後、このクワガタムシ産業にどのような影響を与えるのかについても議論したい。
O1-X33: シャープゲンゴロウモドキ生息の現状と保全への取り組み
シャープゲンゴロウモドキは池沼,湿地,湿田などの止水域に生息する水生昆虫である.開発や圃場整備による生息地の改変,喪失や,農薬などにより,1960年に絶滅したとされたが,1984年に千葉県房総半島で再発見された.環境省RDBでは絶滅危惧_I_類である.太平洋側で唯一残存する房総半島の生息地は約20ヶ所とされる.本研究では,本種の生息の現状を把握し,生息に必要な環境条件を解明することで保全上の課題を見出すことを目的とした.ここでは,その結果および,最近,開始された保全事業について報告する.
生息調査は,2003_から_2004年に房総半島の既知の生息地とその周辺で行った.生息の確認は,卵,幼虫,成虫の各期に行い,一部の生息地では本種の個体群動態を調査するために成虫へのマーキングを行った.また,水生生物相および,水質,護岸形態などを記録した.
本調査の結果,生息は4ヶ所で確認された.推測された衰退要因は,圃場整備による乾田化や小湿地の喪失(4ヶ所),休耕による乾燥化(4ヶ所),ダム建設(3ヶ所),アメリカザリガニの侵入(2ヶ所)であった.また,3ヶ所では乱獲が主要な衰退要因であると示唆され,マーキング個体もわずかにしか再捕獲されず,業者に採集された例もあった.
今後,圃場整備の際には生息地の改変を最小限に抑え,代替生息地としての小湿地を造成するとともに,谷津田最上部の休耕田を湛水化するなどの生息地の再生が望まれる.圃場整備予定の生息地では,良好な生息環境が残存する石川県における本種の生態学的研究によって得られた知見を利用して,休耕田を復田した代替生息地での保全が計画され,モニタリングが開始された.一方で,本種は大型で希少性が高いために乱獲の対象となっている.現在,看板や柵などで防止されているが,採集圧の問題を解決するためには保全条例の制定や天然記念物指定などの法的規制が望まれる.
O1-X34: タガメ存続にとってのカエル類保護の重要性
刊行や改訂が進められている全国版及び地方版レッドデータブックによれば、水田の減少、農薬、水質汚染、街灯の増加などがタガメの衰退原因とされている。タガメの主食がカエル類であること(Hirai & Hidaka 2002)、及び全国の水田でカエル類の著しい減少が観察されていること、この2つの事実からカエル類の減少がタガメの衰退原因である可能性が極めて高いと考えられる。しかしながら、その可能性を指摘しているレッドデータブックは存在しない。タガメを絶滅させないための適切な対策を講じるには、真の原因究明が不可欠である。そこで私は、カエル類の減少がタガメに及ぼす影響について調査した。まず、タガメの主要餌種であるニホンアマガエル成体、シュレーゲルアオガエル成体、トノサマガエル幼体の密度をタガメが残っている地域とすでに絶滅した地域間で比較したところ、いずれもタガメが残っている地域で高密度であった。また、タガメが残っている地域間の比較でも、タガメのより多い地域でカエル類がより高密度であった。これらの結果は、タガメの密度がカエル類の密度に依存的であることを示しており、カエル類の減少がタガメ衰退の主な原因である可能性を強く示唆する。さらに、夜間照明がタガメに及ぼす影響についても調査した。夜間照明に飛来した個体の肥満度指数(体重g/体長3mm×105 , X±SD=1.68±0.17)は、水田に残っていた個体(2.28±0.03)のよりも有意に低かった。この結果は、タガメが機械的に夜間照明に引き寄せられているのではないことを示しており、満腹の個体は水田にとどまっているのに対して、空腹の個体が水田から移動分散していることを示唆している。つまり、街灯の増加はタガメ衰退の直接的原因ではないと考えられる。以上の結果から、タガメ存続にとって、主要餌種であるカエル類を高密度に保全管理することの重要性を指摘した。
O1-X35: 奄美大島の外来捕食者とアカヒゲ・イシカガワエルの分布相関
生物地理学上の東洋区の北端に位置し、アマミノクロウサギ、ルリカケス、オットンガエルなど多くの固有種がいる奄美大島では、1980年代までは森林伐採と道路開発が、1990年代以降は外来種のマングース、最近ではそれに加えてクマネズミの森林地域での増加が、固有個体群の存続を脅かす主要因だと考えられている。マングースの個体数増加と分布拡大にともなって、アマミノクロウサギやアマミヤマシギの分布や生息密度が減少したことが報告されてきたため、環境省によってマングース駆除事業も実施されている。一方、奄美大島におけるクマネズミの固有種個体群への影響については未知で、基礎的な調査が始められたところである。これら外来捕食者の固有個体群、生態系への影響と駆除など生態系回復作業の効果を把握するために、感度のよい生物指標を継続的にモニタリングする手法が必要だと考えられる。そこで、マングースとクマネズミの両方に補食されている可能性が高く、鳥類としては生息密度が高く観察が容易なアカヒゲが生物指標の1つになるか、検討に入った。2004年3月に、奄美大島と隣接しマングースとクマネズミのいない加計呂麻島の、5か所でのラインセンサスによってアカヒゲの個体数密度、7か所での録音によってさえずり活動の密度を記録した。経路長2km、幅50mのベルトトランセクトで評価すると、マングースおよびクマネズミの生息密度が高く駆除作業が多く行われている2地区では3_から_5羽、両者が低密度または生息しない地区では7と15羽が記録された。過去の他のセンサス記録、録音による調査の試行結果も、近似した結果となっていた。アカヒゲを、生態系保全の指標として利用できる可能性は示唆されたが、調査手法の確認と改善も必要である。イシカワガエルなど他の固有動物、イタジイの結実動態など関連する群集構造の主要因に関連づけて、奄美大島における生態系保全を考察する。