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[要旨集] 公募シンポジウム S05
S5-1: 流域管理モデルにおける新しい視点ー統合化へむけてー
流域は、水循環・物質循環、そして生態系保全の上で重要な空間単位であるが、その管理は容易ではない。なぜならば、流域には、本流-支流といった階層構造、河川を形成する上流-下流といった空間勾配があり、生態系を支える水循環・物質循環の特徴や生物群集・生息場所の構造は、この空間構造やスケールの影響を受けているからである。さらに、流域生態系を保全・修復する主体である人間も、行政による管理区分の多くが、流域の空間構造に合わせて階層的に設定され、それぞれに社会的意思決定の仕組みをもっている。階層ごとにものの見方や考え方に違いがあることを理解することが、実践的な生態系管理をおこなううえで大切となる。この違いを理解しないことがもとで、流域全体での意見調整が阻害され、生態系管理が困難になる場合が多いからである。
したがって、流域生態系を保全・修復する上では、(1)流域の階層性に代表される空間構造に依存した、水質や生態系・生物群集の現状を的確に診断する方法を開発すると同時に、(2)複数の階層にまたがる管理主体のものの見方や考え方の違いを理解し、生態系診断の結果を、流域全体での適切な社会的意思決定にうまく役立てるしくみが必要となる。
この問題に対して、われわれは、流域の階層性を考慮に入れた、「階層化された流域管理」という流域管理のモデル(考え方)を提唱している。琵琶湖-淀川水系における研究活動の中で、流域生態系管理の視点からは、(1)流域の階層(空間スケール)ごとに特徴的な水質・物質動態、生物間相互作用、生物群集の現状を把握する環境診断のための指標システムを構築すると同時に、モデルとGISを、人間活動、琵琶湖とその流入河川、各階層を結びつける架け橋となる「生態学的ツール」として使うことで、流域の水・物質循環と生態系のダイナミクスを総合的に把握する、(2)各階層の管理主体の問題意識をさぐる社会科学的な方法によって、その診断結果を保全・修復に適切につなげるのである。このようなコンセプトで、流域生態系管理の統合的な方法論を目指している。
S5-2: 流域生態圏の環境診断-安定同位体アプローチ
河川の生態系と水質環境の状態を的確に表す指標を構築することは、生態学のみならずその応用面にも利用価値の高いものとなると考えられる。本発表では、安定同位体比を指標に用いた研究を紹介する。安定同位体比指標は、食物網構造の指標にとどまることなく物質循環の指標にもなるため、生態系の総合診断指標として用いることができる可能性がある。
以下の例は、2003年度に総合地球環境学研究所P3-1「琵琶湖-淀川水系における流域管理モデルの構築」(代表和田英太郎)にて琵琶湖とその流入河川に関して適用したものであり、多くの共同研究者との研究の成果である。2003年6月に琵琶湖に流入する42河川の下流部での溶存ストロンチウム同位体比、硫酸態イオウ同位体比、陽・陰イオン成分、河川堆積泥および付着藻類の炭素・窒素同位体比を測定した。このうちSr、S同位体比は、琵琶湖のイサザの近年の同位体の変化に示唆を与えるものであった(中野孝教他未発表)。また2003年8月、9月に、琵琶湖に流入する32河川について、各河川の下流部での水草、河畔植生、魚類、ベントス、河川堆積泥および付着藻類の炭素・窒素同位体比を測定した。その結果、稚魚期の琵琶湖回遊のあと河川定着するトウヨシノボリは、河川環境の同位体的指標種として用いることが出来る可能性を示した。また、各河川の食物連鎖の長さに関しては、流域の富栄養化指標である窒素同位体比と負の相関があった(高津文人他未発表)。
これらの研究は、2003年10月よりスタートしたCRESTプログラム「各種安定同位体比に基づく流域生態系の健全性/持続可能性指標の構築」(代表永田俊)にも引き継がれ、より綿密な調査を行っている。2004年度には、季節変動調査や、サンプリングサイズのスケーリング効果の調査、河川の流程に沿った調査、水生昆虫の多様性指標との比較、栄養塩や溶存ガスなどの同位体分析なども進行中である。
S5-3: 河川生態系評価の生息場所-群集アプローチ
河川の環境指標としての底生動物群集には,1)河床の比較的狭い面積から多くの種数を得られる,2)多様な分類群によって構成されるために環境条件への要求幅が広い,3)比較的分類が容易になったなどの利点がある.1980年代までは主に水質指標として位置づけられ,各種の有機汚濁や毒性物質への耐性に準拠した階級分けが行われた.近年は,河川の物理環境や川辺環境などを含めたトータルな環境指標として,総種数,各種多様度指数,環境変化に鋭敏なカゲロウ,カワゲラ,トビケラの3目の占める割合(EPT比)などが用いられている.また,河川生態系における群集の機能的な評価には,摂食機能群による群集組成の特徴が利用されるのが通例である.いっぽう,河川環境の物理的側面を示す指標として,安定環境で造網型トビケラ目が増えるという津田の遷移仮説に基づく造網型指数がある.この視点は河川環境評価の上で重要であるが,生態系評価の方法論として必ずしも発展していない.
底生動物群集の環境指標性については,棲み場所構造や生活方法の視軸と餌資源特性や栄養段階の視軸とを区別して整理する必要がある.すなわち,河川環境の物理的な生息場所特性は,Imanishi (1941)や津田(1962)の生活形概念に反映し,利用可能な餌資源の種類と状態は,Merritt & Cummins(1996)の摂食機能群に反映すると考えられる.また,摂食機能群は,採餌の仕方に着目した類型であるため,実際の餌品目の構成と必ずしも対応していない,したがって,栄養段階の判定には胃内容分析による餌型の分類や安定同位体比による推定が必要となる.
これらの視軸を合わせた座標系によって底生動物群集の特性を示すことは,水質の影響や群集多様性の解釈を行うためにも有効であると考えられる.本講演では,山地源流,渓流,平地河川,湧水,琵琶湖,深泥池の底生動物群集について,生活形,摂食機能群,餌型の構成比を比較することによって,棲み場所の物理構造へのインパクトと水質や栄養段階へのインパクトを統一的に解釈する方法論を探る.
S5-4: 群集動態論に立脚した湖沼生態系マネージメント理論
湖沼はその流域からの過剰なリンの負荷により、水の澄んだ貧栄養状態から植物プランクトンが大量に発生する富栄養状態へと突然変化をすることがある。この変化は突発的かつ不連続的に起こり、変化後の水質の改善は困難であることが多く、ときにはリン負荷量を抑制しても不可能な場合もありうるため、湖沼生態系管理上この「不連続的な富栄養化」の可能性に関する詳細な評価が必要とされている。しかしこのような不連続的な水質変化の可能性は多くの要因に依存し、その中でも湖沼形態や水温、沿岸帯植物の優占度などが挙げられる。ここでは、これまでの野外研究の知見に基づいた数理モデルを用い、これら上述の要因が不連続的富栄養化に与える影響を評価した。その結果、湖沼の平均水深と水温が不連続的富栄養化や富栄養化後の水質改善に対して重大な影響があることが分かった。特に浅い湖沼では、沿岸帯植物が湖底から巻き上がるリンの再循環を抑制する効果が大きく、不連続的富栄養化は起きにくかった。水温の高い湖沼では湖底からのリンの再循環が促進され、富栄養化は起こりやすく、富栄養化後の水質改善は困難であった。湖沼生態系管理上特筆すべきこととして、平均水深が中程度の場合、もっとも不連続的富栄養化が起こりやすく、水質悪化後の改善ももっとも困難であった。これは、深水層におけるリンの希釈効果があらわれるには浅すぎ、沿岸帯植物の効果があらわれるには深すぎるためである。ここで得られた結果は、物理的・化学的・生物学的な機構が複雑に相互作用して湖沼の不連続的富栄養化に影響しており、さらにこのことは湖沼生態系のみならず他の生態系においても不連続的な系状態の変化に大きく関与している可能性を示している。また、沿岸帯植物は植物プランクトンの抑制に影響を与える動物プランクトンや魚などの棲息場所ともなっており、栄養段階間のカスケード効果と沖帯-沿岸対相互作用を考慮した評価も検討する。