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[要旨集] 公募シンポジウム S11
S11-1: いま西表島で何が起こっているのか
西表島は面積が約284haで沖縄県内第二の面積の島であるが、人口はわずか2060人(2002年12月末)の島である。貴重な自然が残っていること、亜熱帯照葉樹林やマングローブ林等の特異な景観等から、年間の観光客は26.7万人にも達している(平成11年度、竹富町役場の調べ)。
西表島には絶滅危惧種のイリオモテヤマネコ、セマルハコガメをはじめとする貴重な動植物がいる。また、近年は入域観光客の増加に伴い動力付きの高速観光船の導入等による引き波に河岸侵食が問題となり、ヒナイ川では動力船の運行規制が実施され、仲間川では航行速度規制が設定されるなどの保全対策が講じられてきている。
環境省、林野庁、地元観光業者、地元住民はじめ多くの心ある方々が西表島の貴重な自然を保全しようとしているなか、浦内川の河口のトゥドゥマリ浜に(株)ユニマット不動産がホテル建設を計画し、竹富町長がそれを率先して誘致したこともあり、2004年4月から営業が開始され、7月にはグランドオープンが予定されている。
日本生態学会、日本ベントス学会等が要望書を提出し、貴重な生態系の保全とアセスメントの必要性を強調し、再三にわたって(株)ユニマット不動産、(株)南西楽園ツーリストや竹富町長に慎重な対応を要望したが、それらに耳をかすことはなかった。
地元の有志を含め全国の支援者が行政訴訟や民事訴訟に訴え、それらを多くの研究者が支援してくれているが、訴訟を無視して営業は強行され、大手の旅行代理店や日本トランスオーシャン航空株式会社までも当該ホテル(西表サンクチュアリーリゾートニラカナイ)宿泊の商品を売り出している。
貴重な生物やかけがえのない自然を保護・保全することよりも、一部業者の利益優先のための開発がまかり通る現実を通じて、西表島の風土が育んだ伝統文化や、貴重な自然が失われてしまうかもしれない脅威に曝されている現状について話をさせて戴く。
S11-2: 聞く耳をもたない人々になお語りかける:リゾートの地域社会への影響を憂慮する
ユニマットの西表島リゾートに対する要望書は,従来の生態学会の要望書と違って,自然環境への影響評価だけでなく,「これまで自然との共存を果たしてきた地域社会への影響についての客観的予測・評価」をも求めた点がユニークであった.西表島には,自然と共存する知恵の伝統があり,例えば,イリオモテヤマネコの餌場は人里に近い所が主であって,無農薬の稲作を何百年も続けてきた島民こそがヤマネコの生活環境を保全してきたのだ,と島民は語る(Ankei 2002: 17).そうした文化からの逸脱は,社会的な制裁の対象となり,場合によっては神罰をこうむるという精神世界が今も生きている.このような,「地域の文化によって支えられた生物多様性」(Ankei 2002: 21)をもつ地域社会が崩壊したり,あるいは民宿が軒並み倒産したりするような事態になれば,島の自然を守ってきた大きな歯止めが失われるだろう.西表島に限らず,野生生物の未来と地域社会のあり方が,多くの場合不可分にリンクしている(馬場・安渓,2003).そうしたbio-cultural regionを総合的に研究していこうという目標にそって,浦内川流域研究会は結成され,活動してきている(安渓,2004).
○Ankei, Yuji (2002) Community-based Conservation of Biocultural Diversity and the Role of Researchers: Examples from Iriomote and Yaku Islands, Japan and Kakamega Forest, West Kenya. 山口県立大学大学院論集 3: 13-23.
○安渓遊地(2004)「南島の聖域・浦内川と西表島リゾート」『エコソフィア』13
○馬場繁幸・安渓遊地(2003)地域社会への影響評価を??西表島リゾート施設に対する日本生態学会の要望書の特色.保全生態学研究8:97-98
S11-3: 細見谷渓畔林の価値と公共工事への固執
一旦決まったらあくまでやり遂げる。官の仕事には瑕疵はない。失敗はないのだから責任をとる者もいない。というのが我が国における公共事業の実態である。そこには経済発展を至上命題とする戦後復興期の論理が、時代を超えて脈々と受け継がれてきている。しかし時代は変わり、失われつつある自然を保全することへの認識は大きく変わってきている。生物多様性保全の意義が世界的な規模で認識されつつある今日、全国各地で大規模な自然破壊を伴う公共工事に対する地域住民や生態学者からの異議申し立てが相次いでいる。そこでは客観的で公正な影響評価が求められてもいる。しかしその一方で、生物に与える影響を過度に低く評価し、公共事業の推進に学問的権威を与える研究者も少なからず存在していることは否定し得ない事実である。それを止める手だてはあるのだろうか。<BR>
西中国山地国定公園内の細見谷渓畔林を縦貫する「大規模林道建設計画」に対して提出された日本生態学会は工事中止を求める要望書の効能について検討してみよう。<BR>
中国地方は古くから開発の手が入り、原生的自然を残している地域は極めて少ない。ここ細見谷渓畔林はそんな中にあって実に豊かな生物多様性を保持している。この奇跡的に残されたかけがえのないストックである渓畔林を縦貫するようにして大規模林道が計画されたのは30年も前のことである。計画の背景となった社会情勢も大きく変わる中、計画だけは変更されることなく、ひたすら建設に向けて動いている。がここへ来て、建設計画にちょっとした異変が起きている。2002年の日本生態学会つくば大会において、「細見谷渓畔林保全」を求める要望書を総会決議をもって採択したのである。この総会決議を経た要望書はボディブローのように緑資源機構(当時)を苦しめだしたのである。
S11-4: 細見谷の渓畔林:その価値と保全の意義
細見谷の渓畔林は、西日本における森林植生の中では群落の規模、自然度、構造、多様性などの諸点からみて、今日、この地域に残された自然植生の中で特筆に値する。特に、渓畔林の構造は、斜面−テラス(段丘)−氾濫原と連続するエコトーン(ecotone)上に極めて複雑な林分組成を示し、稜線(鞍部)−斜面ーテラスー氾濫原と連なる環境傾度上には、ブナーイヌブナートチノキーミズナラーサワグルミの見事な群落が成立する。その他、アサガラ、ミズメ、シナノキなどの大径木の混生がみられる。しかし、群落構造の点では他の地域の渓畔林には見られない複雑な入れ子構造を示し、この地域に特有な植生が成立している。また、つる性植物のゴトウヅル、オニツルウメモドキ、イワガラミなどの大径木が多く、独特な森林の相観(physiognomy)を示す。他地域の渓畔林では、ブナは湿潤な氾濫原上には集団を形成することはほとんどないが、細見谷ではサワグルミ、トチノキなどとしばしば混生集団をつくるなど、特異な林分構造がみられる。また、中小の渓流が随所で、細見谷の本流に一部が伏流水として流れ込み、その接点に近いやや平坦な流入部にはゴギ、ヒダサンショウウオ、ハコネサンショウウオが生息する。
細見谷渓畔林は、群落構造上の特異性に加えて、極めて多様性に富み、オモゴウテンナンショウ、ミツモトソウ、キシツツジ、オオマルバテンニンソウ、サンインヒキオコシ、ヤマシャクヤク、ノウルシ、アテツマンサクなんどの、環境省RDB(2000年度版)、広島県RDBに掲載、もしくは候補種となっている植物が多く、さらに地域を特徴づける種、新分類群の可能性のある植物が発見されている。現在、計画されている林道の改修・舗装工事が進められると、林縁部の植生帯と植物相は壊滅的な破壊を被り、また中小の水系は遮断され、水生動物の生息環境の破壊と集団の分断、絶滅が加速されることが懸念される。
S11-5: 奇跡の海・周防灘からの報告:上関原発建設計画浮上から22年目の現状
瀬戸内海に8000億円と称する原発を建設しようという計画が浮上してから22年がすぎた。欠陥だらけの環境影響評価準備書は、きびしい山口県知事意見のあと、通産省(当時)によって追加調査を指示された。2001年6月には国の電源開発基本計画に組み入れられたとはいうものの、以下の未解決課題が山積している。
まず、炉心部分の神社地をめぐる問題と、地区の共有地をめぐる問題があって、用地の取得が完了できていない。次は、漁業補償問題であり、ナメクジウオ・スナメリの生息する共同漁業権海域に温排水を出すために、各漁協と共同漁業権管理委員会の法的拘束力の関係が問題になっている。上記の諸問題をめぐって現在いくつもの裁判が争われている。さらに、地元が住民合意というにはほど遠い状況であり、上関町を2分した町長選・町議選が戦わされてきた。推進派がやや多いという比率はこの20年固定したままだが、原発の是非のみを問うアンケート調査では反対が賛成を上回った。
原発予定地の海が、生物多様性が高く、瀬戸内海の生物の宝庫といえる場所だとわかったことから自然保護団体「長島の自然を守る会」が結成された。会では、研究者、学生、市民を招いて、建設予定地を中心とする生態系の調査を通年にわたって行っているほか、自然の学校と銘打って、環境教育も実施している。また、スナメリの絵本・ビデオ・フィールドガイドの作成などの普及活動も行っている。今後は、自然の調査や研究だけでなく、人と自然のかかわりの歴史のほりおこしなども目指したいと考えている。現在は、残された豊かな自然と共生できる町おこしを視野に、「人々の集いのいえ」が完成し、調査・観察会の拠点としても活用されている。スナメリウオッチングツアーやシーカヤック教室などのエコツアー、さらにはフィールドミュージアムへの展望を考えていけば、瀬戸内海の原風景を残す長島と周辺の海が、世界遺産として登録される日も夢ではないと期待が集まっている。
S11-6:
(NA)