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第21回 生態学琵琶湖賞受賞記念講演開催について

※ 当日の受賞講演質疑応答についてはこちらから。

チラシはこちら(PDF)

生態学琵琶湖賞は、水環境に関連する生態学およびその周辺分野における50歳未満の優れた研究者に贈られる賞です。滋賀県によって1991年に創設され、第15回より日本生態学会が実施しています。このたび源利文氏 と 吉田丈人氏 が第21回受賞者となり、一般のみなさまにもわかりやすい内容で受賞記念講演をオンライン(無料)で行います。ぜひご参加ください。

【受賞記念講演】

講演1 源 利文 氏(神戸大学大学院 人間発達環境学研究科・教授)
「環境DNAで水中を覗き見る」
講演2 吉田 丈人 氏(総合地球環境学研究所・東京大学大学院総合文化研究科・准教授)
「人と自然の関わりのこれまでとこれから:生物多様性・地域文化からの学び」

【日時】2021年8月7日(土) 14時~16時

【参加費】無料

受賞講演要旨

講演1

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源 利文 氏(神戸大学大学院 人間発達環境学研究科・教授)
「環境DNAで水中を覗き見る」

 水の中にはどんな生き物がどれくらい棲んでいるのでしょうか。これをきちんと調べるためには、網や罠を使ったり、時には潜ってみたりと、かなりの時間と労力がかかります。私たちは、水中などの環境中に存在する、生き物の体の外に出たDNAを調べることで、そこに棲む生き物のことを調べることができる「環境DNA分析」という手法の開発を行ってきました。この技術を使うと、ある川のどこに希少種や外来種がいるのか、ある湖にどのような種類の魚が棲んでいるのかなどを、わずかな量の水サンプルから明らかにすることが出来ます。このような技術が開発されてきた経緯、現時点の到達点、今後見込まれるさらなる発展について私個人の視点を交えながら紹介します。

写真 左上:兵庫県内の河川におけるオオサンショウウオの生息調査。右上:カンボジアの農地における感染症の調査。左下:岡山県内の農業用水路における希少魚種の生息調査。右下:舞鶴湾における湾内のマアジの個体数推定調査
源写真


講演2

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吉田 丈人 氏(総合地球環境学研究所・東京大学大学院総合文化研究科・准教授)
「人と自然の関わりのこれまでとこれから:生物多様性・地域文化からの学び」

 私たちの暮らし・社会・経済は、生態系や生物多様性がもたらす多くのものに支えられており、持続可能な人間社会は、持続可能な生態系・生物多様性がなくては成り立ちません。多様な生き物の生きざまや生態系の循環と遷移の様相を明らかにしてきた生態学は、急速に進みつつある生態系の劣化と生物多様性の損失にも警鐘を鳴らしてきました。人と自然が共生する社会の追求は、これまでも取り組まれてきましたが、社会全体が到達するには未だ至っていません。しかし、地域に視点を向けてみると、人と自然の関わりのあるべき未来を指し示す地域文化が、今なお息づいています。自然と共生する持続可能な社会を実現するには、このような地域文化を継承して育むことで、生態系と生物多様性の再生・保全を進めていくことが重要です。本講演では、これまでの研究と実践を通して学んできた生物多様性と地域文化について、皆さんと共有したいと思います。

写真 福井県三方五湖でみられる生物多様性と地域文化の関わり吉田写真

生態学琵琶湖賞受賞講演 質疑応答

生態学琵琶湖賞受賞講演の質疑応答について、時間の都合で回答いただけなかった質問もありましたので、改めて受賞者のお二人にご回答いただきました。以下に掲載いたします。

源先生

Q1:源先生、受賞おめでとうございます。環境DNAのPCR検査をコロナのPCR検査に例えておられました。コロナのPCR検査のように偽陽性が生じたりすることはないのでしょうか?偽陽性の可能性のある系は全体の何%くらいあるのでしょうか?

A1:当日口頭でもお答えしましたが、偽陽性はあり得ます。排水由来のコンタミネーションや、実験室でのコンタミネーションが主な原因です。偽陽性率は系によって、ラボによって異なると思われますので、数値化するのは簡単ではありませんが、例えば、私の研究室でのMiFish法によるメタバーコーディングでは総リードの0.1%程度の偽陽性(コンタミネーション由来)があるように思っており、例えば0.1%以下の陽性は切り捨てるなどの対策が有効だと思います。


Q2:海水での環境DNAでの研究も可能ですか?波があるため結果が左右されたりしますか?現地調査は汽水がメインでしたが、海での調査は実績があるのでしょうか?

A2:はい、海水でも可能です。例えば舞鶴湾で魚の環境DNAを検出したときには、140種以上の魚種のDNAが検出できました。波の影響はまだあまり考慮されていませんが、今後研究が進むと思います。


Q3:以前テレビでも見ましたが、調査する人にも調査対象の生物にも優しくて、すばらしい技術ですね。質問ですが、どんな種類の生物がいるか(いないか)が分かるのは何となく分かりますが、どのぐらいの量の生物がいるか(個体数、生息密度?)はどのように知るのでしょうか? やはり、捕獲結果などと突き合わせる必要があるのでしょうか?結果の正確性なども同様でしょうか?当方は、生き物に興味はありますが、素人ですので・・・よろしくお願いいたします。

A3:量や数を知るためには、少し努力が必要です。例えば、私たちは舞鶴湾にいるマアジの個体数を推定するという調査を実施しましたが、このときは、一匹のマアジが放出するDNA量、環境中でのDNAの分解率などを水槽実験によって測定し、さらに物理モデルを用いて舞鶴湾における水の動きを予測するなどのデータを集めて行いました。いつでもどこでも個体数を推定できるという状況になるまでにはまだ時間がかかりそうです。


Q4:100年前の魚の環境DNA解析は面白いと思いました(過去の感染症のウイルス型をゲノム解析で行うというアプローチも世界にはあります)。もっと長い数百年前の魚は少しずつDNAに変異が入ってくるとは思いますが、その辺の検証はいかがでしょうか?

A4:現状では時間に伴う遺伝子変異までは検討できていません。でも、面白いので、ぜひ考えてみたいところです。


Q5:ある生物が放出したDNAの環境中での残存期間は一般的にどのくらいなのでしょうか?また、どのようなDNA領域を対象に解析を行っていますか?

A5:環境DNAは半減期が12時間とか24時間とかそれくらいのオーダーで減少していきます。そこから考えると、検出可能な期間は初期濃度に依存しますが、野外で実際に観測されるような濃度の場合、ほとんどの場合2〜3日程度、最大でも1週間程度かなと思います。


Q6:(1)環境DNAによる生物種調査は日本初でしょうか?
  (2)環境DNAによる生物量調査はほぼ確立されているのでしょうか??

A6:(1)今回ご紹介したような環境DNAによる目に見えるサイズの生物調査は、2008年にフランスのチームが最初に論文で発表しました。私たちも2009年頃からフランスチームの論文には気づかないままに独自に研究を進めていましたが、残念ながら世界で初めてではありませんでした。
(2)上でもお答えしましたが、個体数や生物量まで持っていくのは今の技術ではかなり大変です。
もう少し時間がかかると思います。


Q7:環境DNAの検出限界を教えて下さい。メタバーコーディングでの新しい方法により検出精度が飛躍的に良くなったようですが、検出精度が上がったメカニズム或いは要因は何でしょうか?

A7:1リットルあたり20コピーほどの対象DNAがあれば検出できます。検出精度の向上はどちらかというと機器の向上などが主だと思います。分子生物学や医学の世界で大きな投資がなされているおかげで関連機器の性能は日進月歩で向上しています。私たち生態学者はその末端で良くなった機器を使わせてもらっています。


吉田先生

Q1:吉田先生 琵琶湖賞受賞おめでとうございます。監修されたプランクトンの絵本是非買いたいな、と思いました!
学術面での功績はもちろん、地域、現場にたって多くのステークホルダーとともに作り上げたガイドライン手引きなど、本当に素晴らしい成果で感動です。客観すぎる学術は優しさがないという言葉、なるほどな、と思いました。科学の成果の社会実装において、社会や人側の立場や考え方に寄り添って考えたり提示していくことは、大きな課題だなと思います。

A1:ありがとうございます。生態学と社会の関わりについて、これからも一緒に考えていければうれしいです。


Q2:ECO-DRRの構成員である100名+の方は一般の方、専門の方?

A2:地球研のEco-DRRプロジェクトには、共同研究員(所外の研究員)として、様々な学問分野の研究者と、行政や関連業界などの実務者の皆さんに参加していただいています。加えて、それぞれの地域サイトでは、一般の方も含めて、多様な関係者と協働を進めています。


Q3:学生としての単純な疑問で恐縮ですが、地域に根付いた知恵があるにもかかわらず、どうして湿地帯に家が建ったりコンクリートでの護岸がなされたりということが起きるのでしょうか?生態学者はこれからより必要とされる世の中になっていきますでしょうか?

A3:大事な視点だと思います。これまでは、高度経済成長時代を経るなかで、地域の自然がもたらす恵みを確保することよりも優先されてきた社会的・経済的情勢の歴史がありました。その歴史が生態系や生物多様性に大きな影響を与えてきましたが、持続可能な社会を実現するためには、社会・経済と生態系・生物多様性の両方の持続性が求められます。そのためには、社会―生態システムの総合的な理解やそれにもとづく実践が必要であり、生態学者の役割はますます大きくなっていくと思います。


Q4:優しい学術とは、どんなものですか?

A4:「優しさ」に込めた想いはたくさんあって一言で表現するのは難しいですが、社会の多様な方々と共にあるという学術の姿勢は、多くの新しい何かを生み出すと信じています。


Q5:流域の色々な方々の取り纏めや、合意形成に於いて一番苦労されたこと。また、感激されたことなどがありましたら教えてください。

A5:上の質問とも関連しますが、社会の多様な方々と共に歩み、新しい何かに到達できたとき、大きな喜びがあります。その新しい何かには、大小さまざまなことが含まれます。最も難しいと思うのは、関心の少ない、あるいは関心のない方に、どうしたら共に歩んでもらえるようになるかという点です。意見の相違は、すぐには解消されなくても、時間をかければ、そのうちに何らかの場所に一緒に到達することができますが、そもそも共に歩む動機がなければ、何も生まれてきません。


Q6:ECO-DDRの実施・推進において地元住民やステークホルダー等の理解を得るのが難しい場合もあるかと思いますが、どのように取り組まれていらっしゃいますか?

A6:上の質問とも関連しますが、理解を求めるというよりも、共に歩み共に学ぶことが求められていると感じます。すぐに何かに到達できなくても、共に歩みを進めているうちに、振り返ってみると、驚くほど新しい場所に到達していることがあります。


Q7:虫取りや魚取りをしなかった子供たちに,昆虫や魚という存在を伝えて行くにはどうすればよいでしょうか?農学部の中にも,昆虫の足の数を知らない学生がかなりいます。

A7:何はともあれ、自然の中に、子供たちや学生を連れ出すことだと思います。子供たちは遊びの天才なので、機会さえあれば、自分からあるいは仲間と共に学ぼうとするように思います。学生たちには、機会に加えて、もう少し手伝いが必要かもしれません。高校や大学での学びのなかに、直接に自然に触れて学ぶ時間が、もっと必要だと思います。


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